優しさと残酷さが共存する短編集〜千早茜『人形たちの白昼夢』
前回の『ジゼルの叫び』に続き、グレーの色調の美麗な表紙が印象的な一冊。自分の女子力まで急に上がったような。これから私のことは「ドール系書評ライター」と呼んでいただければと思う(嘘。呼ばなくていいです)。
本書は12編からなる短編集。『人形たちの〜』というタイトルにも象徴されるように、すべての作品に人形が登場する。そしてもうひとつ、裏共通アイテム(?)として青いリボンも。優しさと残酷さが、温かさと冷たさが、美しさと醜さが、どの短編においても共存していると思う。希望を感じさせる結末が多いが、胸が苦しくなるようなラストシーンもある。孤独な主人公も他者と寄り添って生きる主人公もいるが、いずれにしてもまずは自分の足で歩んでいくことができなければならないのだと教えられる。
最も衝撃的だった作品は「ビースト」。山の守り神として生きる少女が主人公である。麓の村人たちからヌカラと呼ばれるその少女は、同じく山に生息する獣のマムウの肉を食べ、その毛皮で暖をとって暮らしていた。ヌカラの穏やかな生活はしかし、砂漠の国からやって来た貴族とその家来たちによって一変する。美しいヌカラを手に入れられなかった貴族は、代わりにマムウの美しい毛皮と宝石のような眼に魅せられ…。暴力と破壊に満ちた世界に、それでも確かに存在する美しさが胸を打つ。
最も好きだった「モンデンキント」は、児童文学作家が回想する初恋の物語。中学に入学した翠は、同じクラスの隣の席に座った杜くんと出会った。ドイツで生まれたため「りひと」(確か「光」を意味する単語だったと思う)と名付けられた彼を翠は「りっちゃん」と呼び、初めて本の話ができる友だちができたことを喜んだ。しかし中学生にとって、仲のよい男女は好奇の的となる。周囲の心ない言葉に翠の心は翻弄され、ついに…。幼い恋心というものは、どうしてこんなにも潔癖で近視眼的になってしまいがちなのか。そしてひとつ許せないとなったら、すべてが許せない。しかし、苦い思い出の中に含まれるりっちゃんの信頼の言葉こそが、翠を支え続けたのもまた事実なのだ。どんなにつらくても、恋に落ちてみなければわからないこともあるのかもしれない。
著者の千早茜さんは、2008年に「魚神」で小説すばる新人賞を受賞。不勉強でお恥ずかしいが、実は本書が初めて読んだ千早作品。繊細でいて力強い文章と、儚げなようで確固とした自分を持っているキャラクターたちに、心引かれるものがあった。人形とリボン、というキーワードは一般的に女子的なテイストを表すものではあるが、本書のいくつかの短編は男性が主人公となっている。男性の読者の方にも臆せず読んでいただきたい。
(松井ゆかり)
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