テクノロジーに管理される未来を乗り越えるための「分人主義」という考え方
私たちは自由である、とされています。好きなものを買って、好きなものを食べて、自分の時間を思いのままに使う。これはたしかに自由以外の何物でもありません。
けれど、いま一度立ち止まって考えてみると、この社会を生きる私たちは本当に自由だと言えるのでしょうか? この問題に光を当てたのが、平野啓一郎さんによる『自由のこれから』です。
たとえば、「アマゾンを利用してネットで買い物をするときには、『レコメンド機能』がついている。過去の購入履歴をもとに頻繁に販促メールが届き、あるいは、買おうとしていた商品の画面で、それを買った人が他に何に関心を示したかが紹介され、特に買う気がなかったものまで、ついついクリックして購入してしまう」(本書より)。こうした経験はほぼ誰もが持っているかと思いますが、このとき私たちは「本当に自分が欲しいものを自由に選んで買っている」と言えるでしょうか。
これは一例に過ぎず、人工知能、自動運転、ドローンなどテクノロジーの進化によって、私たちの生活からは「自分で選択する機能」が失われつつあるかもしれない。自由のこれからは一体どうなってゆくのだろうか? ――平野さんはまず第一章で、このように警鐘を鳴らします。
つづく第二章から第四章までの各章には、「自由のこれから」について各分野の専門家とおこなった対談を収録。ソフトウェアからハードウェアまで幅広い製品のデザインと設計を手がけるTakram代表の田川欣哉氏とは「イノベーションが覆す人間の生き方」(第二章)について、慶應義塾大学法学部教授の大屋雄裕氏とは「不安に引きずられ、自由を諦める社会」(第三章)について、東京大学大学院医学系研究科教授の上田泰己氏とは「遺伝と環境のあいだで揺れる人類」(第四章)について、議論を重ねます。
これらの対談を経て、第五章で平野さんは「分人主義」という考え方を掲げます。「分人主義とは、人間を『個人』という『分けられない』一つの単位としてではなく、複数の人格――『分人』――の集合体として捉える考え方だ」「『分人』とは、対人関係ごとに生じるさまざまな自分のことだ。一人の人間は、複数の分人のネットワークでできており、『本当の自分』という中心はない」「私は近代的な『個人』という考え方の限界を乗り越えるために、『分人』の概念を発想した」(本書より)と平野さんは説明しています。
もう少しわかりやすく言えば、「自分のアイデンティティは若いうちに確立し、一貫して保ち続けなければいけない」という考え方から脱却して、「自分のアイデンティティは複数の仕事やさまざまな人間関係、収入などの集合として捉える」ということ。いつでもそれぞれの分人的関係から抜け出せる状態でいることこそが、人間がテクノロジーに管理される暗い未来を乗り越えるために必要だと考えられます。
本当の自由とは何か、予測不可能な未来とその過渡期を乗り越えるにはどうすべきか。皆さんも本書を通して「自由のこれから」について見つめてみてはいかがでしょうか。
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