そうしてまた“少女マンガ”は私の心を奪ってゆく

先日書店で、すまいすまいと思っていた衝動買いをしてしまった。1月17日に発売された、『まんがファッション』(竹村真奈:編・著/パイインターナショナル)。内容はタイトルどおり、“少女マンガの中におけるファッション”を漫画家本人に聞いたり、著者が実際の作品にちょろっと分析するようなコメントをつけていたりする。インタビューに答えている作家陣も、一条ゆかりさん、安野モヨコさん、羽海野チカさん、陸奥A子さん、いくえみ綾さんなど豪華。作品のカットも多くて、さながら“少女マンガカタログ”といったかんじ。ただここで一つ問題がある。それは私が少女マンガアレルギーの気があるということ。

小学生のころ、風邪を引いて寝込んでいる私への見舞いに、父は決まって『ちゃお』を買ってきた。布団にくるまって、グラグラ不安定に揺れる氷枕の上でマンガを読みふけるのが楽しかった。将来は漫画家になりたかった。少女マンガは私の夢だった。同時に、少女マンガは私に現実をつきつける。お前に漫画家は無理だと、新人賞の作品たちが鼻でせせら笑った。小学校6年生になって、私は物心ついたときからあたため続けた夢を諦めた。それ以来私は少女マンガを読むのをやめてしまった。
一応言っておくが少女マンガは何も悪くない。けれど、あのキラキラした、恋におしゃれに夢中な大きな瞳に見つめられるだけで鳥肌が立ち、悩み惑う主人公にイライラを募らせ、ただただ細いだけの男の子に物足りなさを感じ、随所に挟まれるポエムに悶え……ああ、もう立派な拒絶体質。で、そんな私がこの本を手に取った理由は“ファッション”という文化系な響きにひかれたから、という理由と、もうひとつは“怖いもの見たさ”。もしかしたら運命の出会いがあるかもしれないという淡い少女のような期待を胸に、私は本を読み進めることにした。

徹底リアル追及! たかが服されど服

作品の登場人物に何を着せるか、何を参考にするかでずいぶん作家さんのなかに違いがあるように感じる。基本の基本は、漫画の世界で映える説得力のある服、という部分なのだけど。

少女マンガにはワケのわからない記号のようなものがたくさんあるんですよ。背中に花を背負うのもそうだし、いいシーンになるとどこからともなく風が吹いてきて、キャラクターの髪の毛が伸びたりとか(笑)。雰囲気なんですけどね、そういうのがとてもイヤだったんです。私、ものすごくリアリストなんですよ。

(P.008 一条ゆかりさん)

私はけっこうリアリストなので、現代が舞台のマンガを描いているときは『このくらいの給料だったら、これくらいのかわいい服が買える。だけど、あまりキレイな部屋には住めないよね』と考えちゃうんです。そう考えると、すごくかわいい服を描きたくても描けなくて。

(P.026 安野モヨコさん)

ぐわあああ漫画家ってすごい!! と素直にぶっとんだ。当然ながら漫画の世界はフィクションであって、必ずしも現実に呼応している必要はないんだけれど、それでも漫画家はリアルを追いかける。膨大な資料を集め、雑誌とストリートの中間を模索し、モノクロの漫画の世界で映える服を探す、地道な作業。安野モヨコさんは、30代女性がどういう感覚で服を選んでいるのかを熟考した上で『働きマン』(講談社)主人公の松方弘子に服を着せているという。

松方のような20代から30代の働いている女性は、何かのブランドで統一する人っていないんじゃないかな。”バーゲンで安かったからあのブランドの靴、パンツだったらここのブランド コートはいいブランドだけど、ほかはZARAで”みたいな感じでかなりバラバラ。

(P.031 安野モヨコさん)

同じ“リアル追求派”でも、西村しのぶさんはちょっと違う。彼女の作品は“特色あふれる地方都市”に根付いたファッションを忠実に描く。モデルは、その都市に住む女子大生や学校の先輩。だから彼女の作品は良くも悪くも時代を感じるし、その時代・その場所ならではの空気を作品全体がはらんでいる。

気になる作品01:『Third Girl』(西村しのぶ/小池書院)
主人公はおしゃまな中学生夜梨子。大学生の涼くんに憧れているんだけれど、残念ながら彼は美也さんという彼女がいる。ところがこの夜梨子、美也さんに嫉妬するどころか「美人!」と彼女にも憧れの気持ちを抱いてしまうのだ。懐広すぎ! なんて末恐ろしい中学生。そんな彼女たちのヘンテコ三角関係物語。しかしすごい設定だな。

じぶんでデザインしちゃう派、その苦悩

綿密な資料集めの末、ウソのない、リアリティを追求する前者とは少しばかり趣の異なる後者。現代のおしゃれを追及すると、流行り廃りが浮き彫りになってしまう。それを避けるため、道行く人の格好を観察したうえで自分自身でデザインした服を登場人物に着せてしまう作家さんがいる。

美容室に行くと、雑誌は読めるだけ読むんですけど、何かの資料を見て描くと他のマンガ家さんとバッティングしちゃったり、流行り廃りも出てきちゃうでしょう? でも、自分でデザインした服を着せておけば流行りも関係ないので、なるべく自分で考えたものを着せていました。

(P.043 羽海野チカさん)

しかし、羽海野チカさんの代表作『ハチミツとクローバー』(クイーンズコミックス、ヤングユー)の人気上昇にともない、登場人物“はぐちゃん”の着ている服が注目を集め、“森ガール”ブームが起きた。これは間違いなく、羽海野さんがもっとも避けたかった“流行り”そのものだ。

森ガールという言葉がひとり歩きしちゃうと、森ガールが嫌いっていう人たちが当然出てきますから。そのイメージだけではぐちゃんが嫌いってなっちゃったらさみしいなと。

(P.049 羽海野チカさん)

参考作品:『ハチミツとクローバー』(羽海野チカ/集英社)
美大に通う大学生男女の物語。みんな片思い、誰も報われない、なんて書くとドロドロギトギトなストーリーを想像してしまうので語弊があるけれど、皆誰かを思って何かをする。それはプレゼントであったり、その場から消えることであったりする。いつか過ぎて思い出に変わる儚い一時を、精一杯大切な人のために生きる彼らが愛おしい!! ちなみに、森ガールの火付け役とされているこの花本はぐみちゃんなのですが、何故彼女がワンピースを好んで着ているのかというと「お金がなかったから」。一着だけ買った服から型紙をとって、はぐちゃんは色々な布でワンピースを作った。だからどれもズドンとしたマキシ丈。どうだい、別にはぐちゃんが森の精霊というわけではないんだよ。是非ハチクロを読む際は、森ガールという色眼鏡を外してから取り掛かってね。

うつくしき少女マンガのセリフたち

この本の中には多くの少女マンガの一場面が掲載されているのですが、そのセリフが妙にグッとくる。作者が考えて考えて考えぬいた服に身を包んだ登場人物は、とたんに息をしだしたかのよう。作家さんの意図を汲み取ったうえで作品を見ると、また別の見方ができてくるのが面白い! 漫画がアートのひとつだということを実感する。もうこのあたりで、私はすっかり“少女マンガアレルギー”を克服しつつあったのである。

「風早くんは とってもいつも通りだな」(『君に届け』椎名軽穂/集英社)
「さえ子ちゃん 静電気がおきてる」(『大島弓子セレクション セブンストーリーズ』大島弓子/角川書店)
「髪のことなんて爽太くん 一っ言も言ってくれなかったよ」(『失恋ショコラティエ』水城せとな/小学館flowers)
「そしてはずかしがり屋で すこしひねくれもののあの人が あんなやさしい目で わたしを見てくれたのもはじめてだった 街燈もなにもついていない こんな停電の夜だからね きっと」(『天使も夢みるローソク夜』陸奥A子/集英社)

気になる作品02:『天使も夢みるローソク夜』(陸奥A子/集英社)
ロマンチックなセリフの数々、乙女な女の子、飛び交う星、どれをとっても「かわゆい」! もちろんうんと前の作品だから、時代背景も今とはずいぶん異なっているしそのぶん感情移入するのに苦労するかもしれないけれど、そんなのを全て抜きにしたって陸奥A子さんの作品の魅力は廃らない。“ザ! 少女マンガ”。本棚にお迎えしたくてたまらない!

『はいからさん』最強説

この本、巻末に大きく「ファッションカタログ」と称したコーナーがあって、そこにはインタビュー記事はなく、ひたすら少女マンガのカットが散りばめられているのだけど、その終盤にドカンと載っているのが、大和和紀さんの『はいからさんが通る』の“はいからさん”こと紅緒ちゃん。ちょっとばかし裾の短い袴に、編み上げブーツ。頭にはリボン、手には花束。ありえないかわいさ。絵の上手さもさることながら、和洋折衷な出で立ちに小首をかしげた紅緒ちゃん。イチコロです。この本を読んでいるなかで数多くの魅力的な女性キャラクターを見てきたけれど、紅緒ちゃんにかなう娘(こ)はいたかしら。これで男顔負けのじゃじゃ馬娘というんだからたまらない。おまけに男前の少尉にうつつを抜かしたり、学校で落ちこぼれたりヤンチャしたりするなんて、現実に起きたらあまりのファンタジックさに腰抜かす。

まとめ

今は男性でも平気で『君に届け』とか『ちはやふる』とか読んでいるような時代だから、もう何を読んでいたってバカにされることはないだろう。というわけでみなさん、特に“少女マンガ=目がキラキラなクサい漫画”と認識していたであろうみなさん。いっちょ2012年は、食わず嫌いを克服して未知の世界へ入ってみるのはいかがでしょう。意外と奥が深いんです、少女マンガというものは。

(文・イラスト サヤマジュリ)

※この記事はガジェ通ウェブライターの「サヤマジュリ」が執筆しました。あなたもウェブライターになって一緒に執筆しませんか?
イーハトーヴ育ちのおのぼりガール。
書く仕事に就く夢を追いかけて絶賛シューカツ中。

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