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「それ誰?」「びっくり」地元民も知らなかった謎多き大河ドラマの主人公『直虎』の故郷・井伊谷に行ってみた

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2017年のNHK大河ドラマ、主人公は『井伊直虎』。名前を聞いて「誰?」「そんな人いたっけ?」と思ったひとも多いはず。

にわかに脚光を浴びた直虎ですが、戦国時代の人物としては知名度が低く、実際に謎の多い人物でもあります。今回は、地元ながら「実は一番びっくりしている」という静岡県浜松市周辺に取材に行ってきました。

平安時代から千年続く名家、井伊家の始まりの場所

まずは直虎のルーツ、井伊家のあらましをたどってみましょう。井伊家は寛弘7年(1010年)、共保(ともやす)が初代と言われています。井伊家の始まりは平安時代にまで遡るわけですね。

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田んぼのど真ん中にある井戸こそ、『共保公出生の井戸』。共保はこの井戸に捨てられていたという言い伝えがあります。

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昔は捨て子信仰があったので、当時、遠江の国司であった藤原共資(ともすけ)が形式だけ実子を捨てて拾いに来たとか、捨て子を拾ったとか、諸説あるようです。

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大河でもちょこちょこ井戸が出てきますが、実際の井戸は丸い石の積み上げではなく、井桁。傍らには橘の木が立っています。

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ここから、井伊家の家紋である『井桁』と、『丸に橘』が生まれました。

井伊家は遠江国の名家であり、この地も手厚く保護されてきたものの、一族の中での直虎の知名度は地元でも低く、「2017年の大河ドラマは井伊直虎」と聞いて、「えっ、誰?」「知らない」となった浜松市民がほとんどだったとか。全国区でもかなりマイナーではあると思いますが、地元民も知らなかったのは意外です

次郎法師こと直虎が暮らした寺、龍潭寺

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ドラマにもたびたび登場するのが、井伊家の菩提寺、龍潭寺(りょうたんじ)。『共保公出生の井戸』からは道路を挟んですぐの場所にあります。出家したおとわが暮らす寺で、ドラマでは小林薫さんが味わい深い南渓和尚を演じています。

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龍潭寺は、井伊家の重要拠点としても使われました。本堂の廊下はうぐいす張りで、誰か通ればすぐ分かるようにしてあったそう。盗み聞きされてはいけないような話も、ここでたくさん行われたのでしょう。

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左甚五郎作の龍。”井の国=水の国“、をまもる龍神です。静岡の静岡浅間神社でも左甚五郎作品を見ましたが、やはりここにもありました。

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井伊家の歴代当主の御霊が祀られている御霊屋。千年の歴史をもつ井伊家、40代の当主が祀られています。像があるのは初代の共保直盛(おとわ=直虎の父)と直政(亀之丞の子)。ちょっとネタバレですが、おとわの父はこのあと桶狭間で無念の戦死を迎えることになります。

直虎が井伊家歴代当主に数えられていない理由

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これは御霊屋の前にある、井伊家当主のリストです。23代は直親(亀之丞)、その次は24代直政(亀之丞の子)となっていて、直虎のところには何代目とは書いておらず『次郎法師』とあります。つまり、直虎は正式な井伊家の当主としてカウントされていないのです。

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「次郎法師は女こそあれ」と伝記にあるように、井伊家に生まれた女子が次郎法師となり、後継者のいなくなった井伊谷を統治した…というのが大河のストーリーのベースです。でも、それが直虎と本当にイコールなのかは謎。いろいろな見解があり、”次郎法師=女城主=直虎”であるかどうか疑問という声もあります。

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ちなみに大河が始まってこのリストも急遽、直虎を追加したとのこと。あまり知られておらず、謎が多いからこそ面白いですね。

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龍潭寺の住職として、直虎を助け導いてくれるのが南渓和尚。まだ配役が決まっていない時に、ドラマプロデューサーがこの掛軸をみて「小林薫さんに似てる!」とピンときたそう。

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龍潭寺の名スポットが『龍潭寺庭園』。江戸初期に作られた国指定の名勝です。正面から見るのも素敵ですが、向かって右手側の書院から見るとまた違った意味合いを持ちます。

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奥に先程の御霊屋が見えます。井伊家のご先祖様たちを拝む長めですね。こちらは現世、あちらはあの世。此岸と彼岸に横たわる庭園は、この世でもあの世でもない時空…。庭を眺めていると本当に時間を忘れそうでした。

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井伊家に仕えた家臣たちもこの龍潭寺に眠っています。桶狭間の戦いの戦死者の墓標。直虎の父・直盛もこの戦いで命を落としますが、家臣たちも殿といっしょに討ち死にしたんですね。ああ戦国時代、なんだかゾクゾクします。

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井伊家のお墓。初代共保と、直盛が正面に大きく2つ。

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サイドに直虎や直虎の母、直親(亀之丞)とその妻、直政(亀之丞の子)など、歴代の井伊家の人びとが眠っています。ちなみに『安政の大獄』ののち、桜田門外の変で暗殺された井伊直弼は36代にあたります。

亀之丞が非業の死を遂げる場所、掛川城

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かつて東海一の名城と謳われたのが掛川城。ここも直虎を語る上で非常に重要な場所です。まだこの記事を書いている時点(2月10日)では放送されていませんが、亀之丞こと直親は、おとわ(直虎)と結ばれないばかりか、今川氏から謀反の嫌疑をかけられてしまいます。

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直親は嫌疑の申開きのため駿府に向かう途中、当時の掛川城主、朝比奈泰朝(あさひなやすとも)に殺されてしまうのです。ああ、無念。彼も父と同じ運命を辿ってしまうとは…。男児を失った井伊家のため、直虎は直親の息子を自ら育て、家康の元へ仕えさせます。

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掛川城はその後、徳川の近親である松平家や山内一豊を城代として迎えますが、1659年には直親の孫に当たる直好が18代城主となり、その後21代までは井伊家から入封。でも「暗愚」とか「婆娑羅(ばさら)者」などの記録があるほか、参勤交代を忘れるものまで出る始末で、どうもあまりいい城主ではなかった様子

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掛川城は安政の大地震(1854年)によって大損壊しますが、1994年に天守閣部分が木造建築で復元されました。内部の造りは高知城にソックリ。一豊が高知に行く際に、「掛川城と同じ作りに」と命じたそうです。そのせいか、一豊アイテム展示が多かった気がします。どこも階段が急勾配。こわい。

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最上階からの眺めは最高! 小さく富士山の頂がみえます。でも、本当ならここまで攻め込まれたら、殿は自刃しないとダメですね。

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普段、お殿様が生活していた二の丸御殿現存する城郭御殿としては京都の二条城を含め、全国でも4ヶ所しか現存していないという貴重な場所です。国の重要文化財に指定されています。

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現在では見学のほか、映画やドラマのロケもたくさん行われています。結婚式場としても使われているそうです。

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