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無意識の色眼鏡に気づかせてくれる短編集〜松田青子『おばちゃんたちのいるところ』

無意識の色眼鏡に気づかせてくれる短編集〜松田青子『おばちゃんたちのいるところ』

 差別はよくないこと。あなたも私も同じ人間。みんなちがって、みんないい。と、わかっているつもりで過ごしていたのに、わかりやすい差別には気づいたのに、目に見えない圧力にはずいぶんと鈍感になっていたことを本書によって思い知らされた。

 各作品がゆるくつながった短編集である『おばちゃんたちのいるところ』は、声高に糾弾の声を上げるような作品ではない。でも、日常に潜む見逃してしまいがちな差別やハラスメントに気づかせてくれる物語だ。そして、生ける者と生きざる者とが共存する物語でもある。

 例えば「クズハの一生」。クズハは細い顔に細い目をしていて、キツネに似ていると言われ続けてきた。クズハには苦手な教科がなく、体育も得意。けれど彼女は自分の優秀さをむしろ引け目に感じていた。男子生徒より成績がよくてもいいことなどない。目立つ女に世間は冷たいから。高校を卒業したら就職する道を選んだことも、並外れて優秀な彼女を進学させようとした周囲の声に耳を貸さなかったことも、クズハにとっては当然のことだった。でもほんとうは全力を出せないなんてつまらないことだ。が、最近ちょっと状況が変化し、男と女は悪い意味で平等になってきたとクズハは考える。これまである才能をないことにされて割を食ってきたのは女ばかりだったけれど、男もない才能をあることにされることがある。最終的にクズハがたどり着いた境地が、そんな生きづらい世を生きる読者の心を勇気づけるものであることを願う。

 例えば「彼女ができること」。子どもを抱えて働かなければならないシングルマザーがいるとする。周囲の人々は彼女に冷たい。相手を見る目がないから、無計画に子どもを持つから、自分の都合で離婚するから。もちろん中には、ほんとうに何も考えずに出産し子どもに愛情を持てないような母親もいるだろう。しかし、大半の母親は愛すればこそ、苦しい生活にあっても懸命に子どもを育てているはずだ。彼女はただ無力なだけなのである。助けになってくれる身内もおらず、子どもを置いて働きに出るしかない彼女を責められるだろうか。相手のやむを得ない事情を知ろうともせず、子どもを預かってくれるわけでもなく、行政を頼る術を教えることすらしないような人々が。赤ん坊というものはときどき、そこに誰かがいるかのようにある一点をじっと見つめていることがあるものだ。そのとき赤ん坊の近くにいてくれたのは、この短編の語り手だったのかもしれないと思うと心が温められる。

 私が特に好きな短編は、上記の2編と「燃えているのは心」(せっかく習字を習っていたのだからもっとちゃんとやればよかった)と「最後のお迎え」(おばあちゃん子だったせいかお年寄りに弱い)と「楽しそう」(偏愛する映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が出てくる)。とはいえ、どの作品も目から続々と鱗が落ちる思いで読んだ。基本的には多少鈍感な方が生きやすそうだけど、偏見や先入観といったものに対しては鈍くあってはならないということを改めて突きつけられた思いである。もし親として自分にできることがあるとしたら、「可能な限り人種差別や性差別といったものを持たないように息子たちを育てること」だと考えていた。だから息子たちには、「男だから」「女だから」と言わないよう心がけてきたし、肌の色で人を判断することは愚かなことだと伝えてきたつもりだった。それでも私は、それとは意識しないままいくつかの色眼鏡を手にしてしまっていたのだ。「そんなに難しく考えないで、おもしろければいいじゃない」という路線で読み進めるのもひとつの方法ではある。いずれの短編も実際おもしろいので、あれこれ考えずに楽しむことも可能なのだ。でも、どうせなら自分の中に存在する偏りをつぶしながら読めるといいんじゃないだろうか。これでも昔よりは生きやすくなった今の世の中は、差別や偏見と闘った無数の人々の涙が作り上げてきたものだと思うから。

 松田青子氏の作品と出会えたことは、昨年の大きな収穫のひとつだ。ツイッターもチェックしているが、最近は「『ローグ・ワン』について語り合いたい!」としばしば思う(ドニー・イェン、最高でしたよね!)。

(松井ゆかり)

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