切れ味鋭い文学界風刺ゾンビ小説〜羽田圭介『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』

切れ味鋭い文学界風刺ゾンビ小説〜羽田圭介『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』

 これって、もしかして傑作なんじゃね? …と、「傑作だ」と断定の形をとれないのは、私もまた思考の画一化に陥っているからなのだろうか。自分の感覚に自信が持てずにネットなどで仕入れた評判や感想と大きく乖離した意見を表明できない、本書はそんな現代人への警句に満ちた内容になっている。ならば、私も誰にも頼らず言い切ってみよう。この小説は傑作です。他の方の書評やつぶやきは一切見ていません。

 本書においては誰かひとりが明らかな主人公ということはなく、複数のキャラクターの内面ならびに行動が並行して描かれている。大手出版社の編集者・須賀、もう何年もヒット作を書けていないデビュー10年目の作家・K、Kと同じ文学新人賞を同時受賞した美人作家の桃咲カヲル、区の福祉事務所に勤務する新垣、エンタメ系小説誌の新人賞を受賞後に会社を辞めて現在は実家暮らしの南雲晶、そして両親を亡くし弟とふたりで叔父夫婦の家で世話になっている女子高校生の青崎希。

 須賀が初めてゾンビとおぼしき存在に遭遇したのは、渋谷のスクランブル交差点でだった。初めは恐怖心がわき起こったものの、周囲の人間が誰も脅えていないのを見て薄ら笑いを浮かべた須賀。そのまま、「編集者が最寄り駅まで向かわなくてもいいレベルの作家」であるKとの打ち合わせに向かった。その打ち合わせの10日後、Kは地元でパトカーのサイレン音を耳にし、ゾンビのことを頭に思い浮かべる。しかしながら駅ビル内の書店に入るとすぐ、その物思いは文芸書が売れない出版界の現状や自分の将来への不安へと移っていく。最新の文芸誌に桃咲カヲルの中編小説が掲載されているのを見て、複雑な気持ちになるK。その桃咲カヲルは、編集者からの新作の感想と原稿依頼を兼ねたメールにて、まだその正体がはっきりとはわかっていない人々を「ゾンビ」という言葉をあてはめてしまう無神経さが気にかかる…といった具合に、主要人物たちが出会ったり出会わなかったりしながら物語は進む。

 正直なところ、ホラーにしろスプラッターにしろ恐怖感を煽る映像は一切ダメなので(実はこの本の表紙を見るのも怖い。不思議なことに活字であれば概ねだいじょうぶなのだが)、この小説がゾンビ小説としてどのような位置づけのものであるのかはわからない(そもそも”ゾンビ小説”というジャンルがあるのかどうかもわからない)。だが、風刺小説(特に文学界の内幕の描き方)としては素晴らしい切れ味の作品だと思う。惰性で繰り返される接待、小説を書かない作家、的確なアドバイスをしない編集者など、出版業界に身を置いているからこそ書けることだろう(書いたら書いたで業界内では肩身が狭いのではと心配になるが)。

 流れに抗わずに生きる人々の中にあって、希の孤高とある種の残酷さが印象的だ。盲目的な他人への同調や横並びの思考からの脱却は難しいことだが、それなしに自分が自分として生きることはできない。自分だったらどう考えるか、自分だったらどうしたいか、常に自問し続けていかなければならないのだと思い知らされた。

 本書は羽田圭介氏の芥川賞受賞第一作。『スクラップ・アンド・ビルド』Tシャツ姿でテレビに出ずっぱりでいらした様子はまだみなさんの記憶に新しいかと思う。失礼ながら「あれの次にゾンビものを持ってくるとは、商売下手…?」と思った自分に猛省を促したい。テレビでお金のことばかり話しているようでも下品に見えなかったのは、文学というフィールドでやっていくという覚悟が揺るぎないものだったからなのだと思う。もう一度言う、ゾンビの存在に目くらましされそうになるけど、この本は傑作です。羽田先生が一度だけ『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』Tシャツをお召しになっているのを拝見しましたが、どんどん着て宣伝しましょうよ(「『コンテクスト〜』の売れ行きがあまりよくないので、だったらドラマ化もされたことだし『スクラップ〜』の宣伝した方がいいかなと思って、Tシャツも前のに戻した」的な発言をされていましたけれども)!

(松井ゆかり)

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