直木賞作家・西加奈子の新刊『i(アイ)』が投げかけるひとすじの光
直木賞作家・西加奈子の新刊「i(アイ)」は、芥川賞作家・又吉直樹さんや作家・中村文則さんが高く評価する一冊です。
又吉さんはこの本に、「残酷な現実に対抗する力を、この優しくて強靭な物語が与えてくれました」と言葉を寄せ、中村さんは「読み終わった後も、ずっと感動に浸っていました。この小説は、この世界に絶対に存在しなければならない」と絶賛しています。
そんな本作ですが、主人公アイは、シリア人ながら幼少期にアメリカに養子にもらわれるという、特殊な背景をもつ女性です。さらに養父はアメリカ人、養母は日本人で、幼少期はアメリカで過ごすも、学生時代は日本で暮らし……と、かなり複雑な生い立ちの持主でもあります。
彼女は幼少期から、自分が他の人とは少し違うということを認識し始め、その思いはやがて、窮状にあるシリアから自分だけが「選ばれてここに来てしまった」という罪悪感へとつながっていきます。幸せである自分を受け入れられず悩むアイは、高校の授業で数学教師が放った「この世界にアイは存在しません」という言葉に出あいます。その言葉が深く心に残ったアイは、人生の様々な場面でその言葉を思い出し、自分の存在や、残酷な現実に向き合うようになります。
アイの悩みや思いは初め、特殊な出生によるものかと思いきや、やがて思春期や大学時代、そして日本を大きく揺るがしたある事件を経て、私たちも共感できる感情であることがわかってきます。それは、無慈悲な現実に対峙した際の「もどかしさ」であり、「無力感」であり、「絶望」であるかもしれません。しかし物語は終盤、こうしたどうにもならない思いに、光を投げかけています。
この物語の特徴のひとつが、1988年生まれの主人公の、現在に至るまでの姿が、時折世界の出来事を織り交ぜながら描かれていること。もっとも最近のものでは2015年の出来事も描かれているため、出来事とそれを取り巻くアイの感情は、リアルに私たちに迫ってきます。今読むことでより深く、物語に、そしてアイに感情移入することができる一冊です。そして読後には、又吉さんのコメントにも深く共感できるのではないでしょうか。
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