『千日の瑠璃』35日目——私は酒場だ。(丸山健二小説連載)
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私は酒場だ。
臓物のように入り組んだ袋小路にあって、酒は焼酎、肴は干物しか出さない、田舎暮らしを侘びる連中のための酒場だ。私無しでは一週間と生きられない男たちは、今夜もまた、己れと他人を嘲ける、場あたりな言葉をまくしたてている。にこやかな笑みを突然消して怒鳴り散らす者、唯一の得難い経験を幾度でも喋る者、意気消沈の下手な芝居を延々とつづける者、放心状態で後悔の歌を繰り返し口ずさむ者、髀肉の嘆を託っているうちに床にぶっ倒れてしまう者。
私はそんなかれらを深く愛し、また、同じくらいの程度で忌み嫌っている。とりわけ、如何にも地方公務員風の顔立ちの、応諾を渋ることに馴れ切った人相の、誰の眼にもそれとわかる輩をつけた男が、そうだった。この男の胸のうちに巣喰っているのは、手の施しようがない諦観と、ほんの少ししか居直れない脆弱だ。彼は、彼が抱える不幸といっしょに、呑み仲間から愛されている。
その不幸が、不可解極まりない足音を立てて、私の方へやってくる。何かがどんとぶつかって立てつけのわるい戸が強引に開けられ、のべつ体をぐにゃぐにゃにさせている少年が、冷気といっしょに入ってくる。居合せた者たちは一斉にロをつぐむ。眼を閉じた者もいる。そして、その親子が出て行くと、私はほっと安堵のため息をつく。だが残った客は、まだ沈黙したままだ。
(11・4・金)
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