レディオヘッド過ぎるほどにレディオヘッド。~全英1位に再び返り咲いた最新作『ア・ムーン・シェイプト・プール』(Album Review)
最も美しく、しかしただ音楽の陶酔感に溺れることを決して許さない、最も刺激的なレディオヘッドが帰ってきた。5月に配信リリースされた、約5年ぶりのニュー・アルバム『ア・ムーン・シェイプト・プール』に触れて、僕が真っ先に感じたのはそういうことだった。本国UKチャートで1位、米ビルボードでも3位を記録したこのアルバムは、6月15日に日本盤(SHM-CD仕様)がリリースされ、Billboard JAPANの総合Hot Albumでも3位にランクインしている。(編集部注※6月30日付全英チャートでも1位に返り咲いた。)
今年1月、【SUMMER SONIC 2016】への出演決定がアナウンスされ、5月になると新作収録曲のミュージックビデオが2曲、相次いで公開された。結果的にこの2曲は、新作『ア・ムーン・シェイプト・プール』の1曲目を飾る「Burn The Witch」と2曲目の「Daydreaming」だったわけだが、「Burn The Witch」は緊迫感の高いバンド・グルーヴとストリングス・アレンジが織りなすナンバーで、クレイアニメーションを用いたMVでは、〈他者〉を吊るしあげることで共同体の求心力を生み出す不気味なエネルギーを描いている。一方、冷ややかなピアノのリフレインに染まる「Daydreaming」は、トム・ヨークがホテルや住宅、病院やコインランドリーのドアを次々に開け放っては練り歩き、雪山の洞窟に辿り着いて安眠を得るというストーリーのビデオ。「平穏な生活」に潜む闇と、居心地の悪さを伝えている。
レディオへッドは、そのキャリアの大半を“社会の中の違和感”との格闘によって過ごしてきたが、こんなふうに明確なメッセージとして、音楽と歌詞を紡ぐ作品はずいぶん久しぶりだと思える。本作では、壮麗なゴスペル風クワイア(「Decks Dark」)や、ツインドラムとシンセリフが押し寄せる斬新なグルーヴ(「Ful Stop」)、エキゾチックで雄大なバンドサウンド(「Desert Island Disk」や「The Numbers」)をフル稼動させて、人々の平穏な生活に重くのしかかる闇について歌っている。思考を奪う平穏(そこには甘美な音楽も含まれていそうだ)に向けて、既に手遅れかもしれない、と悲痛な思いを投げかけている。ロックの極限と思えるような、あらゆる手段を講じたサウンドはすべてが美しく練り上げてあるが、社会を見つめる視線だけは辛うじて覚醒している。このギリギリのせめぎあいこそが、今のレディオヘッドなのである。
前作で『ザ・キング・オブ・リムス』(瘤の王)と自虐的なタイトルを付けるほどに、違和感を飲み込んで血肉化してみせようとしたレディオヘッドだが、本作では痛みを露わにすることで、より明瞭な感情を美しいメロディへと昇華させている。長年のパートナーとの離別を味わったというトム・ヨークの思いは「Ful Stop」や「Identikit」にも表れているように思うが、極め付きは遂にスタジオ音源化された名曲「True Love Waits」(ライヴ盤『I Might Be Long: Live recordings』にも収録)である。すべてを注ぎ込んだ、レディオヘッド過ぎるほどにレディオヘッドなアルバム。もしかしてこれが最後のアルバムになってしまうのではないかと、縁起でもないことに思い至ってしまう傑作だ。(Text:小池宏和)
◎リリース情報
『ア・ムーン・シェイプト・プール』
2016/6/15 国内RELEASE(5月にデジタル先行配信)
BGJ-5106 2,490円(tax out.)
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