東京で働くべきか、離れるべきか —渡り鳥プロジェクト—

東京で働くべきか、離れるべきか —渡り鳥プロジェクト—

暑い季節は涼しいところへ、寒い季節は暖かいところへ。快適な環境を求めて移動しながら、どこでも同じように働けることをめざす「渡り鳥プロジェクト」。

連載第2回(第1回はこちら)は、渡り鳥になる上で整理しておきたい「東京」のお話。日本の首都で働くことのメリットとデメリットを見つめながら、東京で働くべきか離れるべきかを考えてみたいと思います。都内に事務所を構えるフリーライター兼デザイン会社代表の松岡厚志がお送りします。

人はなぜ東京で働くのか

「人はなぜ<上京>するのか」(著・難波功士)という本があります。日本人はこれまで東京の何に憧れ、何に傷つき、何を拠りどころとしてきたのかを考察した、近代日本における「上京100年史」が展開されています。

大志を抱いた上京者が遊学していた明治・大正期。経済不況から失意の高等遊民を生んだ昭和初期。戦後生まれが労働力として集団就職してきた高度経済成長期。クリエイターを志す若者が成功を求めてやってきたバブル前夜。そして必ずしも「上京=上昇」ではなくなり、ジモト志向が目立ちはじめた団塊ジュニア以降のゼロ年代。東京は時代によって「希望」「憧れ」「脱出先」「一旗あげる場所」など、人々の心の中でその姿を変えてきたと著者は言います。

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僕もまたひとりの上京者です。関西で生まれ、社会人になってからもしばらくは大阪に軸足を置いていたものの、知人に「行けるうちに行っておいた方がいい」と背中を押され、それまで考えもしなかった上京を決意しました。一番の動機は「東京を肌で知ること」でした。

関西という地は「東京もんには負けへんで」の機運が強く、東京で暮らしたことも働いたこともないわりに東京を否定する人がいます。恥ずかしながら、かつては僕もそうでした。一念発起で上京したものの、仕事がうまくいかずに帰阪した人を「ほらね」と醒めた目で見ていた時期もありました。「わざわざ東京に行かずとも、ここで一旗あげられるはず。問題は場所じゃなくて実力だろう」。若さに任せて、そんな生意気風を吹かしていたのです。

ただ、あるときから「行ったこともないのに否定するのは筋が違う」と気づいたんです。「行ってみて、働いてみて、それでも肌に合わないなら帰ればいいし、合うなら合うで喜ばしい。まずは行かねば話にならぬ」と、そう思い改めたんですね。東京で生まれ育った方々にとっては、勝手に出入りされても困惑されるだけかもしれませんが、地方で育ったものにとって「上京するかしないか」は、一度は立ちはだかる人生の重大トピックなのです。

そこで僕は遅まきの「上京する」を選びました。28歳でした。ずっと居続けるかは分からないけれど、まずは行ってみて、感じてみようと思いました。「きみには東京が向いてると思うよ」「向こうに行っても一緒に仕事をしよう」と快く送り出してくださった方々に勇気づけられて、今年でちょうど10年になります。

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東京はありがたい場所

なぜ上京が重大トピックなのか。なぜ東京を無視できないのか。ひとことで言えば、「集まっているところ」だからです。

まず、企業の「本社」が集まっています。僕のような自営業者にとっては、どこと仕事をするかはとても大切なことですが、やはり本社と取り組む仕事はスケールが大きく、話も早いです。何かあればすぐに打ち合わせや商談ができます。仮にまったく同じ力量のふたりがいるとして、どちらと仕事をするかといえば、やはり近くに住んでいて、すぐに話ができる方を選ぶのではないでしょうか。いくらインターネットが発達しても、取引先といつでも顔をつき合わせられる距離にいた方が何かとメリットがあるものです。

同じことは「メディア」にも言えます。テレビは番組のほとんどが都内のキー局で作られていますし、出版社も東京に一極集中しています。新興のインターネットメディアも含め、ほとんどが東京に集まっているんですね。そんな現状にある中で、メディアから仕事を受けるフリーライターとして、あるいはメディアのお世話になることもある会社の代表として、メディアとの距離感が近いことで得られる恩恵は否定できません。

そして「本社」や「メディア」が集まっているということは、「人」が集まっていることを意味します。しかも極端に狭い範囲に、高密度に。東京は横浜などの周辺都市を含めれば3,000万人以上が暮らすメガシティであり、これほど人口が集中しているエリアは世界的にも稀です。

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しかも交通網が高度に発達していてアクセスが良く、望めばいつでも人に会えますし、どんどん知り合いになれます。Facebookでネットワークが可視化されてみると「あの人とあの人が実は知り合いだった」なんてケースは数えきれないほどありますが、人と人の距離感が近いことが人のつながりを加速化させ、仕事をする上でも有利に働きます。この規模感と気軽さは、他の都市に比べて圧倒的です。

もちろん今後は日本国内に留まらず海外にも目を向けて、広い視野で働きたいものですが、それでも同じ母語を話す人たちが一番多く集まっている東京は、これからも「働く上では」欠かすことのできない重要な場所であり続けるはずです。

暮らしにくさを感じる場面も

東京で働くことのメリットがたくさんある一方で、デメリットは個人的にあまり感じていません。ただ、働く以前に「東京で暮らすこと」に対しては、少し思うところがあります。

たとえば異常なまでに混雑している満員電車。朝の通勤ラッシュは労働意欲が削がれるほどに消耗しますし、少しでも遅延が発生したりお天気が乱れると駅は人であふれかえり、進むのも戻るのも難しくなります。夜は夜で疲れた人たちによる席の奪い合いが激しく、からだの弱い人は乱暴に押し出されます。自分も歳を重ねて、いつか押し出される側に回るのかと思うと、今から恐ろしくてなりません。

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また、わが家には幼子がいるのですが、保育園が不足している問題にも直面しました。頼れる親が近くにおらず、子供を預けなければ仕事ができない状況にありながら、それでも預ける場所がない現実には思わず天を仰ぎました。園が増えれば預ける親も増えるという、構造的にも解決しがたい問題ですが、こんな状況にあるのは東京近郊だけでしょう。仕事と子育てを両立するには、少々ハードルが高い街と言わざるを得ません。

もちろん治安は安定している方ですし、都心を除けば物価や地代もそこまで高くありません。条件を選ばなければ働き口もないわけではありません。文化施設や娯楽施設も多く、これほど暮らすのに恵まれた場所は世界中を見回してみてもないでしょう。それでも「今の東京に住み続けたいか」と問われれば、僕は素直にイエスと言えません。

東京以外の拠点をもとう

電車や保育園の問題はあくまで一例ですが、言うなれば人が密集しすぎていることの弊害があるんですよね。つまりメリットとデメリットは表裏一体で、人口の多さは場合によってはありがたく、場合によっては疎ましい。東京の外からやってきて、10年暮らしてみて思うのは、「東京はよくも悪くもそういう場所だ」ということです。

東京のメリットを享受しつつデメリットを受け止めるのか、あるいは東京を離れてデメリットと無縁になる代わりにメリットも手放すのか。答えが出ないまま「東京に住みたいけれど離れたい」という矛盾した気持ちを抱えている人は、きっと僕だけではないでしょう。

でも、必ずしも「東京に留まる」「離れる」の二択じゃなくても良いのではないでしょうか。僕の結論はこうです。「渡り鳥になって、東京のいいとこ取りをすればいい」。

人や会社が集まっている東京に拠点を置いて、ネットワークを築きながら仕事を循環させつつ、時期や状況に合わせて東京を離れる。すなわち「東京以外の拠点をもつ」ことで、東京のデメリットを減らしつつメリットを最大化することは不可能ではないはずです。実際、フリーランスで働く人の中には東京以外に暮らしの拠点を持ちつつ、仕事があるときだけ東京に滞在する人もいます。東京をうまく「活用」している好例と言えます。

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もちろん在宅ワークやリモートワークの制度がない会社にお勤めの方には、参考になりづらい提言ではあります。でも渡り鳥になれる人が増えていけば、世間のムードは少しずつ変わるはず。事実、在宅ワークを許容する企業も増えてきました。家で仕事をしてもいいのなら、基本的にはその家がどこにあっても良くなるはずで、少しずつ、少しずつですが、わたしたちの働く環境はこれからますます多様化していくことでしょう。そして「渡り鳥になりたい」という願望が、多くの人にとって「現実的な選択肢のひとつ」になればいいなと思います。

東京は大切な場所だけど、すべてじゃない。

さて、次回は「渡り鳥化に向けて今、どんな準備をしているか」をご紹介したいと思います。今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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文:松岡厚志

1978年生まれ、ライター。デザイン会社「ハイモジモジ」代表。主な移動手段は電車と自転車。バイク並にタイヤが太い「FAT BIKE」で保育園の送り迎えを担当し、通りすがりの小学生に「タイヤでっか!」と後ろ指をさされる日々。

イラスト:Mazzo Kattusi

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