就寝中に着ければ日中は裸眼で過ごせるコンタクト。世に出した社長の「人を巻き込む力」とは

就寝中に着ければ日中は裸眼で過ごせるコンタクト。世に出した社長の「人を巻き込む力」とは

寝ている間に装着すれば、起きている間は裸眼で生活できるという視力矯正コンタクトレンズがある。「オルソケラトロジー」と呼ばれ、株式会社ユニバーサルビューが開発・製造を手がけている。眼科医とその患者から強く求められたレンズだが、事業着手から発売までには12年もの歳月を費やしたという。事業推進の壁となったのは、億単位にも及ぶ臨床試験費用だった。

眼科の臨床技術者であった創業社長(現CTO=最高技術責任者)を支え、資金調達に奔走したのが、現社長の鈴木太郎さんだ。リーマンショックという逆風に吹かれながらも、資金調達を成功させ、製品のリリースに導いた。

「技術も大切だが、人と人との信頼関係をいかに構築していくかが大切。熱意と信念があれば、多くの人を巻き込み、良い方向へ進めていける」と鈴木さんは言う。鈴木さんは、どのような行動によって周囲の信頼を獲得し、多くの人をプロジェクトに巻き込んでいったのだろうか。

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株式会社ユニバーサルビュー 代表取締役社長 鈴木太郎さん

創業社長の熱い想いに共感し、事業に参画

鈴木さんは、総合商社に10年間勤務した後、医療機器輸入販売会社を設立。さらに、投資会社で医療分野の事業に関する出資の検討を手がけていた。

そのときに出会ったのが、創業社長の見川素脩さんだ。見川さんはもともと山口県の眼科病院の臨床技術者。「メガネやコンタクトでは、思いきりスポーツができない」という子どもたちと親の声を聞き、「就寝中に着ければ、日中は裸眼で生活できる矯正用コンタクトレンズ」を米国から輸入し始めた。しかし、形状が日本人の角膜に合わず、酸素透過性も低い。そこで、日本人に合うレンズを開発するため、2001年にユニバーサルビュー(当時:ユニバーサルビジョン)を立ち上げた。

金融機関から資金を借りて新しいレンズを開発した見川さん。しかし、次の段階である臨床試験には億単位の費用が必要となる。資金調達先を探し、投資会社に相談に訪れたところ、応対したのが鈴木さんだった。

「このレンズは人々の生活を変え、社会を変えられる」

見川さんの熱い想いに共感した鈴木さんは、2006年にユニバーサルビューに参画。見川さんはCTOとして商品開発に集中し、鈴木さんが社長として資金調達と事業インキュベーションを担うことになった。

リーマンショック後の逆風の中、協力者を獲得し資金調達を達成

鈴木さんが持つファイナンスの知識、金融機関との付き合い方のノウハウを生かして資金を調達し、臨床試験がスタート。しかし、その2年後、リーマンショックが発生する。資金調達は暗礁に乗り上げた。

鈴木さんは銀行、ベンチャーキャピタル、事業会社など、100社近くをまわり、融資・出資の交渉を続けた。しかし、担当者たちは「非常におもしろい商品」と興味を示すものの、トップの決裁が下りない。先の見えない不況の中、新規事業への投資意欲は落ち込んでいた。

「絶対にあきらめない。あきらめずに行動し続けてさえいれば、何らかのチャンスを得て、壁を乗り越えられると思っていました」

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そのとおり、チャンスは訪れた。ユニバーサルビューは、東レから資本提携を取り付けることに成功。以降、新規開発案件ではNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の推進事業として採択・特許取得、2012年には視力矯正コンタクトレンズの厚生労働省の承認取得、東レと手を組んでの販売開始――と着実に歩みを進め、およそ5年の間に複数の機関・企業から計9億近くの資金を調達した。

鈴木さんはいかにして各協力機関・企業から信頼を獲得し、事業に巻き込んでいったのだろうか。その行動内容をくわしく聞くと、いくつかのポイントが見えてきた。

●相手が必要とする情報を想定し、スピーディに、こまめに提供する

交渉相手から信頼を得るために、鈴木さんが念入りに行ったのは「情報提供」だ。商品に関する情報やデータはもちろん、眼科治療の研究、眼科医療機器の市場動向、消費者の意識調査など、関連する最新情報が発表されるとタイムリーに提供した。

相手によって、気になっているポイントはそれぞれ異なる。些細な情報やデータが相手に響き、検討が前進したり、決裁が下りたりすることもある。相手のニーズを想定し、相手にとって判断材料となるような情報を届け続けることが重要だ。

鈴木さんがそうした習慣を身に付けたのは、商社勤務時代。当時は建設機械や農業機械を扱い、南米・アジア・アフリカ・中近東などと取引を行っていた。国によって価値観や考え方はまったく異なる。同じ製品に関する情報でも、相手に響く情報とそうでない情報がある。さまざまな国との交渉経験から、相手が求める情報を想定し、発信することで信頼を獲得できることを学んだ。

「相手から提出を求められたのが10だとしても、100を提供する。そうすれば、相手にとって判断材料が増えるだけでなく、熱意も認めてもらえる。人としての信頼を得られると感じています」

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●机上の理論やデータだけでなく、『現場の声』を伝える

鈴木さんと見川さんは、出資の交渉先に科学的・技術的な情報やマーケット拡大の可能性を発信するだけでなく、「現場の声」も伝え続けた。

見川さんは、何年もかけて全国の眼科を訪問し、眼科医と対話することで使用者のニーズ、治療現場のニーズを吸い上げた。一方、鈴木さんは、眼科治療の学会に出席するなどして、教授から情報収集を行った。

治療の現場に寄り添いながら活動する姿勢を見て、眼科医たちは「自分も協力する」と申し出てくれるように。出資者とのミーティングの場に同席し、医療現場の課題やニーズを語ってくれるようになった。

こうして「現場」を巻き込み、現場の生の声を伝えて説得力を高めたことが、出資者を動かす一因となったようだ。

●事業にかける想いや信念、「その先のイメージ」を伝える

業種・職種問わず、自社商品をプレゼンする際には、その商品の機能や使用するメリットを語ることに集中しがちだ。同様に、自社事業への出資を依頼するプレゼンでは、商品やビジネスモデルの優位性、売上・利益予測を訴える企業が多いことだろう。

鈴木さんたちはそれだけでなく、「商品が普及した先に広がる世界」を相手にイメージさせることに注力した。

「子どもたちが、視力のせいでがんばりたいスポーツ、就きたい職業をあきらめずに済む。子どもたちに限らず、あらゆる人が生活の質を高められる。そんな世界を実現できる、実現したいという想いを伝え続けました。理念や信念を持てば、必ず共感し、協力してくれる人が現れるものです」

現在も、同社のビジョンに共感する人々、企業が続々と集まってきている。幅広い知見やアイデアを得て、「老眼矯正が可能な世界初のピンホールコンタクト」など新たなタイプのレンズの開発、臨床研究も進行中だ。

今後、手術を必要としない眼科矯正・治療法として、さらに利用者が拡大していくのではないだろうか。

EDIT&WRITING:青木 典子 PHOTO:平山 諭

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