「人間が辛い労働から解放される日はくるけれど…」最強将棋ソフトPonanza開発者、山本一成が語るAIと仕事の未来とは
店頭で接客するロボット、AI(人工知能)によるSNSアカウント運用、そして囲碁ソフトがプロの囲碁棋士に初めての勝利。AIの進化は、日々加速しています。
今回は、人間と将棋ソフトが対決する電王戦で史上初めてプロ棋士に勝利し、最強と謳われる将棋ソフトPonanzaの開発者である山本一成さんにインタビュー。
遠くない未来、コンピューターが人間を支配する世界が訪れるのでは……とSF映画のような話が飛び出すかと思いきや、AIには思いもよらない弱点があることが判明!?
「いずれ機械が人の仕事を奪う」という声も多いなか、コンピューターと人間が共存していく未来の展望についても伺いました。
「人間は知っていることをコンピューターに教えられない」という発見
ーまず、将棋ソフトを開発したきっかけからお伺いできますか?
東京大学に進学後、それこそ漫画「デスノート」に出てくるような天才がゴロゴロいると思っていたのに意外と普通の人ばかりで、少し幻滅していたんです(笑)。それで他に熱中していたことが無かったということもあり、「これからはパソコンとかできないとダメなんじゃないか」「パソコンといえばプログラミングじゃないか」と単純に考えたことがきっかけでした。
いまから10年以上前のことで、周囲にもプログラミングをしている人はほとんどいなくて、学校の授業でも触れないという状況。僕自身も全く知識が無いなか「初めてのC言語」みたいな入門書を見ながら始めました。
プログラミングの勉強していくうちに「探索問題」という数読パズルのように空欄に当てはまる答えを順番に探していくアルゴリズムがあるのを知って、それがとても将棋に似ているなと思ったんです。将棋には少し腕に覚えがあって段も持っているので、「自分の知識を覚えさせれば強いプログラムが出来るに違いない」と思い、初めてソフトを開発したのですが、びっくりするほど弱いソフトができたんですよ。「コンピューターは計算が得意なはずなのに、こんなに弱いソフトができてしまうのか」と非常に衝撃的でした。そこからですね、ソフト開発にのめり込んでいったのは。
ー面白いですね。なぜ将棋ソフトの強さと山本さんの知識量が結びつかなかったのでしょう?
自分の知識をプログラムに落としこむことが出来なかったんです。これは今のAI技術が抱える問題でもあると思います。
みんな言葉を話せるし、翻訳できる人はいっぱいいます。だけどコンピューター上で完璧な翻訳は、まだできていないですよね。単語の意味は全てインプットされているにも関わらず。つまり、人間は分かっていることをプログラミングに書くこと非常に困難なんです。知っていることを言語化するのはそんなに簡単なことじゃない……というか、ほとんどできないですね。
言葉に出来ないことを、プレイヤーはどうやって行っているんだと思われるかもしれませんが、例えば、あなたはどうやって足を動かして走っていますか?…って言葉だけで説明できませんよね。ですから「知っていることは言葉に出来ないんだ」という発見がそもそものスタートでした。
ーその後、現在のPonanzaはどのように生まれたんでしょうか?
「将棋で機械学習(人間が自然に行っている学習能力と同様の機能をコンピューター で実現しようとする試み)をしよう」という話になり、機械学習を実用化した初めてのプログラムPonanzaが出来上がりました。これで少し”将棋っぽい動き”ができるようになったんです。機械学習ではプロの指し手を真似させたのですが、そこにはふたつポイントがあります。
ひとつは「プロの真似はできても、プロが何を考えているのかは分からない」という前提。以前のコンピューターでは私の思考過程を学習させようとしたんですが、うまくいかなかったんです。ですからプロの思考をトレースすることは諦めました。
もうひとつは「プロの手を丸暗記させたわけではない」ということです。プロの手は5万棋譜くらいあるのですが、それをそのまま覚えさせたわけではなく将棋の盤面から大事な要素だけを抽出して、それを学ばせていきました。抽象化することで、汎用性を高めて学習している訳です。
プロの手を真似るのだからどのソフトも同じ結果になると思われがちなのですが、何を中心的に覚えさせるかとか、どの概念を抽出するかとか、人間の手が入るポイントもたくさんあります。そこでPonanzaの性格も形成されていっていると思います。もはや将棋にいたっては僕とレベルが違いすぎて、驚きを通り越して「こんな手があったのか」と妙に冷静というか、感覚が麻痺しつつありますね(笑)。
自力でどんどん学習して強くなる一方で、例外には全く対応できない
ーさまざまな将棋ソフトがあるなかで、Ponanzaがここまで勝てているのはなぜでしょうか?
それは単純に運が良いからです(笑)。トーナメント制なので必ずしも一番強い奴が勝てるわけではない、という点もあります。あと、いまは「強化学習」をやらせています。これは「まず自分で考え、そのフィードバックから自分で学習していく」という学習方法です。この方法はオセロやバックギャモンというボードゲームでも使われています。
楽器の練習でも、始めは先生の言うとおりに練習していけばいいけど、世界一を目指すなら自ら考えて自分のスタイルを創造していく必要がありますよね。将棋の格言で「名人に定跡なし」という言葉があるんですが、定跡というのは人間の知識で、名人は最終的にこれまで培った“知識”から離れてゲームと戯れる、という意味です。
コンピューターに話を戻すと、最初は与えられたプロの棋譜をお手本に学習していくのですが、その後は何度もフィードバックしながら独自で棋譜を考え強くなっていきます。教えてくれる先生がいない世界ってすごく大変なので、非常にエネルギーを使うんですよね。エネルギーって、電気代のことですけど(笑)。少し技術が向上すると、もっと新しい道はないかって調べ始めるので、終わりが無いんです。
現在のPonanza(画像提供:山本一成)
ー人間がついていなくても、ひとりでに学習していってしまうんですね。山本さんはそこにどのように関わっているのですか?
プログラマーはコーチみたいな役割で、選手であるコンピューターが変なところでハマってしまったときのサポート役です。コンピューターは教えたことしかできず、融通が全く効かないので。
人間がコンピューターに知識を伝えられないって、そこが原因なんですよね。人間は自分のルールを伝えているつもりでも、そのルールにはたくさん例外がある。それを網羅できなくて、コンピューターは例外にハマったらずっとコケたままなんですよね。まだ私たちはそこまでケアできない。走っているときに石を踏んだらどうケアすればいいのか、とかどう伝えればいいか分からないじゃないですか。
ときどき「天才コンピューター」という言葉を耳にしますが、コンピューターはものすごく頭が悪いですよ。特に「察する能力」はゼロですね(笑)。
それでも、かつて「硬い、冷たい」という印象だったコンピューターも、ここ数年で「柔らかい」イメージが浸透してきていると思います。「柔らかい」というのは、柔軟な価値判断をして人間と同じように行動したり話したりできるという意味です。特に、将棋を指すというのはとても「柔らかい」行為だと思っています。それはプログラマーが頑張っている部分もありますし、コンピューターも機械学習でいろんな局面を柔軟に判断できるようになってきている。まだ発達段階ですが、少なくとも皆さんに見える部分はどんどん柔らかくなってきていると思います。
AIが進化した未来、見直すべきは現在の価値観と社会システム
ー今後AIが進化すると、人間の仕事がなくなるんじゃないかという話もありますが。
遠い未来の話として、肉体労働などのいわゆる「辛い労働」は無くなると思いますが、そのときに現在の社会制度のままだと困ると思います。
いま世界全体で生産性は上がっていると言われているのに、先進国ではむしろ貧富の差が広がっています。つまり、仕事が無いところへ富を分け与えるという制度ができていないんでしょうね。
いまは「働かないと一人前じゃない」とか、労働と自分のアイデンティティの結びつきが非常に強いですよね。もし、それが無くなったら辛いと思います。例えば将棋でコンピューターが人間より強くなっても、一般的には「ふ~ん、すごいね」というリアクションがほとんどですが、将棋界や棋士にとっては自分自身のアイデンティティが激変する非常に辛い出来事だったんです。
だからなかなか仕組みが変われないのは仕方ないのかもしれませんが、技術の進歩は止まらないし、世界的に貧富の格差も広がっていく一方です。今後テクノロジーが進化することで、人々はあらゆる情報を容易に手に入れて互いの立場を比較できるようになっていきます。すると賃金の平等性が見直され、働く場所による格差も減っていく。もちろん良いことなわけですし、僕個人的としては「働かなくていいならラッキー」と思いますが(笑)、労働と富が結びついている現在の社会システムのままでは、機械にアイデンティティや仕事を奪われてしまった人々が辛い思いをすることになる。
AIに負けないような仕事をしていこう、という話もありますが、永遠に負けないというのは無理だと思うんです。向こう10年は大丈夫だと思いますが、じゃあ本当にいつまでも勝てるかというのは疑問です。そのために、新しい社会システムを考えていかないといけないと思います。
ー最後に、山本さんご自身の今後の展望を聞かせてください。
次は囲碁のほうに行こうと思っていたのですが、すでに一番大事な瞬間は取られてしまったので(苦笑)ボードゲームは一区切りかな、という気持ちです。別のことをやらないといけないな~と思っているんですが……まだ考え中ですね。また、将棋ソフトで培った技術を他に活かす、というのはすぐには難しいという印象です。でも、AI技術そのものはとても大事ですし、Ponanzaにここまで目を向けて頂けたことが、コンピューター将棋の最大の社会的意義だと思っています。
本来はこうした情報技術って、空調やエレベーターの制御とか、人々の生活を裏側から支える分野で、これほど注目してもらえることがあまりないんです。きっとルールがあって勝敗がきちんと分かる、という将棋の分かりやすさが良かったんでしょうね。こうして注目が集まってこそAI技術の飛躍につながっていくと思うので、私も引き続き、皆さんの目を引く技術を今後も支えられたらいいなと思います。
山本一成
1985年生。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻、山口和紀研究室出身。史上初めてプロ棋士に勝利した将棋プログラム「Ponanza」開発者。第1、3回電王トーナメント優勝。第25、26回世界コンピュータ将棋選手権優勝。現在は囲碁プログラムZenの開発にも関わる。
WRITING:伊藤七ゑ PHOTO:岩本良介
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