【定着率の裏に理念あり】離職率が業界平均を大きく下回る鳥貴族の秘密
前回は新卒採用後の1年以内離職率が15%の業界で、いち早く改革に着手したレオパレス21の事例を紹介しました。「不動産業、物品賃貸業」同様に深刻な業界は他にもあります。昨年10月に厚生労働省が発表した『新規大学卒業就業者の産業別離職状況』によると、「宿泊業、飲食サービス業」の1年以内離職率は20%。3年以内の離職率はなんと53%に上ります。
そんな業界にあって異色な存在が、焼鳥チェーンを展開する株式会社鳥貴族です。全メニューが280円(税抜)という低価格路線にもかかわらず、その安さとおいしさが評判を呼び、ここ10年で店舗数を急拡大しています。その鳥貴族、実は人材の定着率も高いのです。一体なぜ、そんなことが可能なのか。秘密に迫るべく、鳥貴族人財部 採用教育課マネージャーの久保山豪さんにお話を伺いました。
▲鳥貴族人財部 採用教育課マネージャー 久保山豪さん
数字を追わず、利益が出たら社員に還元
鳥貴族は創業当時から、バブル時代も均一価格の焼鳥屋をやっていました。そして、当初からお金を追わない企業です。お金を追うと、お金に逃げられてしまう。「利益は目的ではなくて、理念を実現するための手段である」というのが創業者である代表大倉の考え方です。
店舗数の増加は最初の20年で50店舗という非常にゆったりしたペースでしたが、この2016年4月は1カ月だけで8店舗がオープンするというほどになり、500店舗に迫る勢いです。認知度が上がり、スケールメリットも利いてきて、仕入れ値も抑えられ、そこで出てきた利益をさらに商品価値を高める事に使ったり、きちんと社員に還元することで、「焼鳥屋で世の中を明るくする」という理念に邁進しているのが今の鳥貴族なのです。
入社して活躍する人だけを採用する方法
採用に関して、われわれ人財部が一番こだわっていることは、むやみやたらに採用しないということです。たくさん採用しても、その分辞める人が増えれば、どれだけ採用活動に力を入れても、意味がありません。
事業規模は急拡大しているから、人手は欲しい。でもそもそも世の中全体で人が足りない。われわれは外食産業で、深夜帯も勤務がある業態なので、なおさら人が集まりにくい。そんな状況ですから、応募していただいた人をとにかく採用するという道もあるのかもしれませんが、鳥貴族で活躍できる人をちゃんと見極めて採用し、定着を図るほうがいいはずだとわれわれは判断しています。
そこで中途採用では去年から、二つの工夫を始めました。一つめは、選考会議の導入です。中途の場合、面接は必ず一対一で行い、しかも基本的に一次面接のみです。ただし、面接の段階では合否を判定しません。面接した人全員を対象に、関東担当の面接官、関西担当の面接官、私、人財部の部長の4人の合議制で合否を決定しています。これが毎週行っている選考会議です。
この方式だと、面接していない人からも、「この人はこの部分はどうなの?」「価値観はちゃんと合っていそう?」「店長になれるイメージある?」というような質問が出てきて、その分、精度が上がります。それに面接官一人の判断では、自分に似ている人を合格にしがちで、自分に似ていない長所を持っている人はマイナスに評価されがちです。タイプが違う4人の合議制を取ることで、それを回避しています。
来店経験が少ない人を店舗で面接することもありますね。1、2回しかお店に行ったことがなくて、しかもそのお店が郊外店だけという人だと、繁華街の店舗に配属されたら全然イメージが違い、とまどってしまうかもしれない。そんなギャップを生まないためです。
現在の中途採用目標は年間150名程度。毎月10人以上を採用することになりますが、外食産業の中では結構ハードルの高い数字です。それでも営業部からは「もっと採用できない?」と言われますし、その気持ちは良くわかります。しかし、入社人数を増やすことだけを考えてしまうと、採用しなくてもいい人、つまり鳥貴族に入っても活躍できない人を採用してしまうことにつながる。今以上に受け入れ体制が整ってくれば、もっとたくさんの人を採用できるようになるはずですが、それまでは採用の基準を下げずに対処できる方策を探っていきたいと考えています。
部門を超えて早期離職者減少に取り組む
そして、早期離職者を減らすための二つめの工夫は、入社してから1カ月前後の時期に、面接官が店舗に訪問するというものです。
今までは、入社後の社員に関しては配属された店舗任せの部分がありました。当然ながら、われわれも店長のことを信用しています。しかし、何か思うところがあったとしても、直属の上司である店長に対して、入社したばかりの社員が話しにくいこともあるのではないかと考えたんです。われわれであれば店長のかわりに、早めにキャッチできるかもしれません。
とはいえ、営業部としても早期離職者を出さないための取り組みは行っていました。彼らが責任をもって教育して、面倒を見ているところに、われわれが出ていって何かするというのは、「本当に対処できているのか」と疑っているかのように思われる恐れもありました。
しかし、人財部部長である江野澤が「実際に見れていないところもあるから、そこを人財部がフォローする」と言ったことで、その問題はクリアすることができました。江野澤は人財部部長に異動する前は営業部部長でした。店舗を束ねるエリアマネージャーの上に、関東・関西・東海の統括マネージャーがいて、統括マネージャーの上が営業部部長。実質的に営業のトップです。現場からの叩き上げですし、営業部部長のときもしばしば店舗を回っていました。おかげで、社員全員を覚えていたほどです。現場のことを知り尽くしていて、どんなことを考えながら社員が仕事をしているのか、会社の中で一番知っている人物でしょう。そのため営業部も「江野澤さんが言うなら、そうかもしれない」と考えることができたのではないかと思います。
選考会議と店舗訪問は目に見えて効果が出ています。早期離職者は激減し、辞める場合にも、きちんとヒアリングをすることで得るものがあります。なぜ辞めたのかが明確になるから、対策を講じることが可能ですし、ヒアリングした内容は営業部にもフィードバックしています。店舗訪問に関しては、今年からは新卒に対しても行う予定にしており、新卒の早期離職者も減らすことができるのではないかと期待しています。
理念の共有が働きやすい会社を作る
理念が明確になっている会社ですから、選考では理念に合うかということもしっかり見ています。理念を共有する、価値観を合わせるというのは、仕事のやり方を「こういうふうにしてくださいね」と伝えるのとはわけが違います。合わない人はどうしても合わないし、すぐに変えることもできない。入社する前から、ある程度理解してもらったうえで、同じ方向を目指して頑張っていこうと考えてもらわなければいけません。
そのため理念については話す機会をできるだけ多くしようとしています。求人広告にも一部は載っているし、面接でも触れる。入社後のオリエンテーションや、研修でも言及します。
最近になって社員が共有すべき価値観が『トリキウェイ』として明確化されました。『トリキウェイ』には「正しい人間」「利他の精神」「プラス発想」「自己責任」の四つがあります。
「自己責任」と聞くと、ぎょっとする人もいるかもしれませんが、放任型の自己責任ではありません。たとえば、店舗に関しては、店長に裁量がある一方で、周りも任せっぱなしではなく、きちんと見守り、助言もします。問題が起これば、店長なら店長、社員なら社員の目線で考え、どうやって防げたかを分析して対処する。上司が「おまえ、いいからやれ」「とりあえずやれ」と部下に命令するのではなく、結果がうまく出ないときには、「なんでこうなったと思う?」「改善するにはどうしたらいいと思う?」と一緒に考えるんです。
鳥貴族には社長室も役員室もありません。本部にいる社員は全員一つの大部屋で仕事をしています。朝9時から全員同じ空間で過ごすので、社長がどんな仕事ぶりかもわかりますし、フランクに話すこともできる。そんな環境ですから、自然と理念が落とし込まれやすいのかもしれません。大倉社長自身、トリキウェイをまだ完全に身に着けてはいないと言っていますし、押し付けることもしない。方向を示しながら、みんなで目指そうというのが鳥貴族のリーダーシップなんです。
鳥貴族の理念は「焼鳥屋で世の中を明るくする」。きちんと休んだ社員は、お客様に対してより元気に接することができます。それが世の中を明るくすることにつながるはずです。そのために昨年から休日を少し増やし、年間休日が111日になりました。これは完全週休2日制に近い数字です。
無断残業はNG! 外食産業の“当たり前”からの脱却
一般的に外食産業は、長時間働いている印象があるように思います。実は、鳥貴族では、無断での残業や休日出勤は禁止しています。多少の残業については事後報告で構わないものの、上長へ、その都度の申告が必要です。
無断での残業を禁止し、残業のたびに、なぜ残業が必要だったかを報告してもらうことで、もっと早く帰れるようにするためにどうしたらいいかを、上長も一緒に考えることができます。残業の報告をひとつき単位でまとめて行っていれば、対応は後手後手になってしまうでしょう。
残業が多くなれば、働きすぎだということで、出勤停止命令が下る場合もあります。そのまま長時間労働を続けるよりも、どういう問題があるか、どうやればもっと効率よく働けるかを、一緒に考えてからにしようということですね。これまでの外食産業では「若いうちに残業をたくさんすることで成長する人もいる」という考え方もありましたが、世の中の流れからしても、それをよしとはできません。
離職率にしても、待遇にしても、労働時間にしても、外食産業というくくりではなく、東証一部企業として考えていかなければ「外食産業の社会的地位向上」という使命は果たせないでしょう。創業当時は、飲食業全体が“水商売”として軽んじられていた時代です。そんな時代にあっても、まずわれわれがしっかりした会社を作って、社員が夢や誇りを持てるようにしたいという大倉の考えは、今では鳥貴族にしっかりと根づいています。
いつかは「外食産業がそんなふうに見られている時代があったんですね」と言われるような世の中にしたい。そのために、まずは鳥貴族で働く私たちみんなで、正しい会社をつくっていきたいと思います。
文:唐仁原 俊博
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