【20代の不格好経験】5億円もの資金を投じたフィットネスクラブが、目論見の甘さから2年足らずで閉鎖~株式会社FiNC CEO溝口勇児さん

今、ビジネスシーンで輝いている20代、30代のリーダーたち。そんな彼らにも、大きな失敗をして苦しんだり、壁にぶつかってもがいたりした経験があり、それらを乗り越えたからこそ、今のキャリアがあるのです。この連載記事は、そんな「失敗談」をリレー形式でご紹介。どんな失敗経験が、どのような糧になったのか、インタビューします。

リレー第17回: 株式会社FiNC 代表取締役社長 CEO 溝口勇児さん

株式会社Loco Partners代表取締役 篠塚孝哉さんよりご紹介)

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(プロフィール)

1984年生まれ。高校在学中からトレーナーとして活動し、プロ野球選手やプロバスケットボール選手、芸能人など延べ数百人を超えるトップアスリートや著名人を担当。24歳の時に勤務先であるフィットネスクラブの経営立て直しを任され、V字回復を実現。2012年4月、モバイルヘルスを手掛けるFiNCを創業。

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▲ダイエットの専門家であるトレーナーや栄養士から、栄養や運動、メンタル面のサポートを受けられるアプリ「FiNCダイエット家庭教師」。同社ではこのほか、ヘルスケア領域の専門家に特化したクラウドソーシングや法人向け健康・ウェルネス経営サービスなど、ヘルスケアに特化した事業を幅広く展開している

店舗閉鎖でスタッフは全員解雇、会員からも猛抗議を受ける

私は2012年4月、27歳の時にFiNCを立ち上げましたが、その前に勤めていたのは社員数100名程度のフィットネスクラブでした。高校在学中からトレーナーとして働いていた会社です。

23歳の時、大きなチャンスをもらいました。行政と合同で新しいフィットネスクラブを立ち上げ、地域活性化を図るというプロジェクトを任されたのです。しかし、5億円もの資金を投じて店舗を立ち上げたものの、わずか1年8カ月で閉鎖することになってしまいました。

一番の要因は、会員数が目標としていた人数の半分にも届かなかったこと。ただ、それでも約1500人の会員の方が通って下さっていました。会員同士のコミュニティーもでき、「ここに通うのが生きがいだ」とおっしゃる方もいたほどです。閉鎖が決まった3カ月前に、全員にダイレクトメールを送って閉店の告知とお詫びをしましたが、翌日から閉鎖に反対する手紙や電話が数多く舞い込み、店頭で泣きながら抗議を受けたこともありました。

当然、このフィットネスクラブに関わっていた現地スタッフも全員解雇せざるをえませんでした。店舗立ち上げに伴い、私が一から採用に携わったスタッフばかりで、「この店舗を盛り上げたい」という熱い思いで一丸となって突き進んできた仲間たちです。会員の方々や、スタッフなど、数多くの方を泣かせることになってしまい、本当に辛かったですね。

力がなければ何も変えられない…無力さを痛感したことが起業を志す契機に

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この時に痛感したのは、「力がないと、何も変えられない」ということ。行政との合同プロジェクトだったため、店舗閉鎖が決定する前に、議員を含めたその土地の有力者の方々に何とか支援をお願いできないかと働きかけたのですが、全く聞く耳を持ってもらえなかったのです。再生プランを練り上げ、決裁者への面会をお願いしたものの叶わず、何人もの有力者に当たってようやく1時間のアポイントが取れたと思ったら、何十分も待たされた挙句に「時間がないから10分で説明して」と言われ…。悔しさとともに、自分の無力さを思い知らされました。

ちょうどその頃、孫正義さんについて書かれた本『志高く』を読んだことが、起業家を目指すきっかけになりました。「起業家になって成功すれば、存在価値を発揮でき、発言力も高められるはず。今自分がぶつかっているような大きな壁だって、難なく打破できるのではないか?」と考えたのです。そこで、生まれてから1万日目に当たる2012年4月11日に起業しようと決意しました。

起業すると決めた日まで、あと3年。まずは勤務先であるフィットネスクラブを辞め、ある外資系サービス企業へ転職しようと決めました。店舗閉鎖で大きな負債を出した責任を取るとともに、海外で働くチャンスがある会社でさまざまな経験を積んで視野を広げようと考えたからです。しかし、経営者から退職を強く引き止められ、しかも驚くことに「本社に戻って、経営の建て直しを担ってほしい」と依頼されたのです。

経営改革のため大ナタを振るい、コストカットも徹底してV字回復を実現

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当時の勤務先は、店舗閉鎖による負債に加え、リーマンショックの影響も大きく、急速に業績が悪化。倒産の危機に追い込まれていました。私はまさに経営悪化の一因を作った「戦犯」でしたが、当時の経営者は立ち上げ責任者としての私の働きと、最後まで店舗存続のために走り続けた姿勢を評価してくれていて、「起死回生の大ばくち」とばかりに私に経営の舵取りを任せてくれたんです。当時24歳の私には荷が重すぎる話でしたが、「この会社を再生できないようでは、たとえ起業してもうまく行くはずがない」と考え直し、腹をくくりました。

その後は、業績回復のために大ナタを振るい続けました。売り上げを回復させるには、会員数を維持、拡大する必要があり、そのためには顧客満足度を高める投資をしなければなりません。そのため不採算事業からはどんどん撤退し、人員もぎりぎりまでカット。私の元上司や先輩にあたる社員やトレーナー、インストラクターの方の中で「創業から長年働いてくれた厚労者ではあるけれど、経営再建、組織再編においては抵抗勢力となる方たち」に退職していただいたり、契約を解除したりなど、ありとあらゆる改革をやり切ることで、業績回復に努めました。当然、社員からの反発はすさまじかったですね。しかし、当時の会社にとって、予算の達成はWantではなくMust。辞めていただいた方も、自ら「ついていけない」と辞めた方も、かなりの数に上りました。

その時の私は「常に達成しないと、また多くの方から大切な場所を奪ってしまう。会社が倒産してしまう」という危機感を背負っていましたから、私のやり方についてこられないなら仕方ないと半ば開き直っていました。孤独で理解者もおらず、あまりに苦しい環境下だったので、開き直りでもしないと自分の感情が壊れてしまいそうだったんですね。

しかしこの結果、2年ほどで業績はV字型回復。同業他社にも「あそこはもうだめだろう」と言われていましたが、急速に息を吹き返したことで、「一体何が起きたんだ!?」と話題に。業績回復の立役者として業界誌の取材や講演、コンサルティング依頼などが数多く舞い込むようになりました。

そして、経営を建て直す過程で、「このフィットネス領域で何か新しい事業を成し遂げたい」という思いを強くしました。

フィットネスクラブという“箱”を自社で持つためには多額の先行投資が必要で、企業にとってはリスクが大きいうえ、利用者側から見ても、時間や場所の制約があるために「運動はしたいけれどなかなか通い続けられない」というケースが多いのが実情。それに、全てのお客様に対面で十分なサービスを届けるのは限界があるとも感じていました。また私は、自身の体型や健康などに深い悩みや不安を抱えるお客様を数多く指導してきましたが、フィットネスクラブが提供するサービスだけではそうした方たちを救うことは難しいといった問題意識を持っていました。

そこで思いついたのが、スマートフォンを使ったヘルスケア・サービスの提供。ちょうどスマホが普及し始めた頃で、「スマホを活用すれば、より多くの人に対面と同じレベルのサービスを提供できるのではないか」とひらめいたのです。そこから、トレーナーや栄養士などからダイエットサポートが受けられる「FiNCダイエット家庭教師」など、現在のビジネスアイディアへとつながっていきました。

未熟な道徳は組織を滅ぼす。目標達成のためには冷静な判断が重要と学ぶ

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「店舗閉鎖」「勤務先の経営不振」という辛い経験から得られたこと、そして今の糧になっていることは、大きく2つあります。

1つ目は、「どんなに頑強に見える組織や会社でも、あっけなく倒れる可能性がある」という肌感覚を得られたこと。会社を経営危機に陥れ、店舗に関わったスタッフや会員の方々の居場所を奪ってしまったという最悪の経験でしたが、スタッフや会員の皆さんの涙に触れ、こんな辛い経験を二度と味わいたくないし、周りの方々にも味あわせたくないという緊張感を持って事業再生を進めることができました。経営者となった現在も、この緊張感は常に持ち合わせています。

そして2つ目は、「未熟な道徳が組織を滅ぼす」と学べたことです。

実は、閉鎖に追い込まれた店舗は、オープン時の会員数が目標の3分の1にも届かず、経営者に「早急にスタッフ数を半分に整理しろ」と言われていたんです。しかし、私の中では「一丸となって開店準備に取り組み、会員獲得に奔走して来た仲間たち」という意識が強く、どうしても首を切れなかった。ですから「スタッフの首を切るならストライキする!」と経営者に抗議して、命令を撤回させたのです。

でも、そのせいで店舗は潰れました。スタッフの多くは、うちの会社でなくとも活躍できる場所を見つけられたはずで、私が経営者の命令を受け入れ、早い段階で頭を下げて半数の方に辞めてもらっていたならば、今も店舗は運営できていて、多くのお客様のことを守れたかもしれません。トカゲに例えるならば、「切れても再生する尻尾を守ろうとして頭を危険にさらし、結果的に命を失ってしまった」のです。全ては僕の未熟な道徳観が原因です。

この経験から、経営者にとっては目標を達成する、成果を出すことが何より重要なことであり、そのためには冷静な判断をする必要があること、そして時には非情な判断を下すことも必要なのだと、学ぶことができました。

店舗閉鎖は、私にとって大きな失敗経験でしたが、だからこそ今の私があると自信を持って言えます。そもそも失敗を回避しながら成功できた人なんて、一人もいません。チャレンジして、もしだめだったらその経験を次に活かせばいいだけの話。

これからも、誰かが作った轍を歩むつもりはありません。ウェルネス、ヘルスケア領域でさらに存在感を高め、ゆくゆくは世界の人々の健康にも寄与したい。高い使命感を持って、チャレンジし続けたいと思っています。

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山諭

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