無料オンライン講座「gacco」社長インタビュー~オンラインでの学びと交流が、新しい可能性の発見につながる~
大規模公開オンライン講座(MOOC:ムーク)サイト「gacco(ガッコ)」が話題だ。大学教授などによる本格的な講義を、オンライン上で無料で受講できるうえ、受講者同士で意見交換ができる掲示板の設置などにより、単に「授業を視聴する」だけではないインタラクティブな学習が可能。スマートフォンやタブレットで、通勤・通学時間やちょっとした隙間時間を利用して気軽に学べる点も支持され、2014年4月の講座開講以来1年10カ月で、約18万人(2016年2月時点)もの会員を集めている。講座によってはオンライン講座で予習し教室で演習を行う「対面授業」も有料で受講できる。
手掛けているのは、NTTドコモの関連会社であるドコモgacco。代表取締役社長であり、「gacco」の企画担当者でもある伊能美和子さんに、「gacco」立ち上げの背景、今後の展望などを聞いた。
株式会社ドコモgacco 代表取締役社長
伊能(いよく)美和子さん
NTT入社後、首都圏エリアの広告、イベントキャンペーン等のプロモーション、マーケティングを手がけた後、一貫して、メディア・コンテンツ領域の新サービス開発分野に従事。2012年よりNTTドコモで学び領域での新ビジネス開発を担当。日本初のMOOC提供サービス「gacco」の立ち上げを担い、2015年8月より現職。
MOOCと対面学習を取り入れた「相互学習」で、学び続けられる仕組みを
「MOOC」とはMassive Open Online Courseの略で、インターネット上で誰もが無料で受講できる大規模な講義のこと。「gacco」は、このMOOCを日本でいち早く実現したプラットフォームだ。
「MOOCは2012年くらいからアメリカで注目され始めた新しい潮流です。我々は、教育領域での新規事業立ち上げを模索していた2013年にMOOCと出会い、“学習機会の格差をなくす”という理念に惹かれて『MOOCを取り入れたサービスが作れないか』と検討を開始しました。ただ、eラーニングなどオンラインを通じての勉強は、孤独なだけに継続しにくいというのが難点。リアルとオンラインの要素を組み合わせることで、勉強を続けやすい環境を作れないかと考えた時、単なるアメリカのMOOCの真似事ではなく、やはりアメリカで主流となりつつあった『反転学習』(オンライン講座で予習し、教室で演習を行うこと)という学び方を知り、MOOCと反転学習を組み合わせた新しいサービスを作ろうと考えたのです」
この新サービスを発案したのが2013年春。同年10月には報道発表を行い、翌2014年4月には『gacco』を立ち上げ、講座を開設。わずか1年の準備期間で、猛スピードで突き進んできた印象だ。開発において、MOOCのオープンソース「OpenedX」を活用したことも時間短縮につながったが、教育学の権威である東京大学大学院 情報学環の山内祐平教授とともに共同研究という形で進めたことで、「MOOC×反転学習というテーマが実現できたし、精度の高いインタラクティブなサービスにつながった」という。
「企画段階で山内先生にお会いして、描いていたサービスの構想をお話ししていた時、途中ですごくピタっと互いの思いがはまった瞬間があったんです。今はインターネットの時代。大学の研究成果もネット上に載っていなかったら、世の中的に見ればそれは『無い』と判断されてしまうのです。欧米の大学では、授業を無料で公開したり、積極的に産業界と連携したりするなど『知のオープン化』が進んでいます。日本もその流れに乗り、知識をもっとオープンにして世界に発信していかないと、日本のプレゼンスが落ちてしまうとの危機感、焦燥感を皆が持っていたことで、一気に結束力が高まりましたね。『1日でも早く世に出すべきサービスだ』との思いで一致団結できたから、このスピード感が実現できたのだと思います」
会員は学生から会社員、高齢者まで。対面授業では多世代交流も実現
講座開設から2年近く経ち、現在の会員数は約18 万人(2016年2月時点)。講座数は今年度末で累計103講座に上る。学生から高齢者まで幅広い層が受講しているが、20~40代のビジネスパーソンがボリュームゾーンだ。
「gacco」では、受講者同士が議論できるディスカッションボード(掲示板)や、課題レポートを受講者が相互採点するという仕組みを設けて、「他者の考えを知る機会」「意見が違う人同士が意見交換をし合える機会」を作り、オンラインでの学習者コミュニティを形成している。その結果、受講者が自主的に集まって相互に学ぶ「ミートアップ」などオフラインの活動も活発に行われている。
「対面授業」は、今までに約30講座において実施。講座での学習をもとに、講師から直接講義を受けることで、さらに学びを深めてもらっている。
最初に行った対面授業は、東京大学本郷和人教授による日本史の授業。東京大学において開催され、約2万名の受講者の中から抽選の結果、約100名が参加した。下は13歳の女子中学生、上は81歳の男性までと、年齢もバックグラウンドもバラバラだったという。
「参加者をグループ分けしてワークショップを行い、各グループに発表してもらうという形式を取ったのですが、内心は『年齢の高い人が主導権を握ってしまい、若手は意見が言えなくなってしまうのでは…』と心配していたんです。しかし、全くの杞憂でした。学生だろうが管理職だろうがリタイヤ組だろうが関係なく、皆が同じテーマをもとに楽しそうに議論している姿を見て、感動させられましたね。日本では年齢や性別、所属する団体や地域でコミュニティが分断されがちですが、『gacco』ならば多世代交流の場も作ることができると気付き、可能性を感じました」
この東大での例のように、対面授業への参加希望者全てに対応し切れないケースが多かったことから、このほど新たに「gaccatz(ガッカツ)」というオンラインワークショップのシステムを構築した。数百人の参加者が、自宅にいながらオンラインでワークショップに参加できる。先生の解説を全員が視聴する「全体モード」、受講者が数名単位でグループを組み、ディスカッションできる「グループモード」、いくつかのグループが集まって発表し合う「ルームモード」がブラウザ上でスムーズに切り替えられる。ボイスチャットによる議論も可能だ。
「これならば、住んでいる国や地域に関係なく参加できるし、会場を準備する手間もなく、ワークショップをすることが可能。集合知を生みだすアクティブラーニングの手法の一つとして、幅広い講座で展開していきたい」と話す。
実学を習得するだけでなく、幅広い知識を得て「教養」を深め、世界に羽ばたいてほしい
伊能社長は、「若手ビジネスパーソンには、ぜひ『gacco』をキャリアアップやステップアップに役立ててほしい」と考えている。
例えば、キャリアチェンジをしたいけれど、目指す分野のスキルが足りない。そんな時に、「gacco」を活用すれば、通勤時間などのすきま時間にスキルを補完することができ、転職の際のアピールに有効になる。社内で新しい役割にチャレンジしたい、新しいプロジェクトに名乗りを上げたいと思った時にも、その役割に必要なスキル習得に役立てられるだろう。
現在開講中の講座を見ると、「インタラクティブ・ティーチング」や「グローバルマネジメント」「簿記講座」「データサイエンス演習」など、スキルアップに役立ちそうな実学系講座が、多種多様に揃っている。一方で「江戸文化入門」「ひとと動物の心理学」など趣味や教養に近い講座も多い。
「20代、30代のビジネスパーソンには実学系の講座が人気ですね。これからもさまざまな実学系講座を追加していく予定で、スキルアップやキャリアチェンジなどに役立ててほしいと願っています。ただ、個人的な経験からも感じているのは、グローバル市場においては、英語ができてもMBAを持っていても、自国のことを語れなければ、できるビジネスパーソンとは認められにくいのが現状。日本のことを自分の言葉で語れる、相手の国の文化を理解したうえで適切なコミュニケーションが取れる、などがこれからのビジネスパーソンに求められる素養だと思っています。一見ビジネスとは関係ないような講座を豊富に取り揃えているのは、実学系講座に惹かれて『gacco』に来てくれた方にも興味を持ってほしいとの思いから。できればぜひ、幅広い講座を受講して、スキルだけでなく“教養”を深めるきっかけにしてほしいですね」
さまざまなバックグラウンドを持つ人が集まるサービスだけに、掲示板上では時々「不用意な発言」をする人もいるという。ただ、それを別の参加者が「さりげなくたしなめる」などして場がうまくコントロールされ、最終的には「集合知」が生まれていることに伊能さんは感心するとともに、大きな手応えを感じているという。
「これからのビジネスパーソンには、自分の考えをしっかり述べることも大切だし、人の考えを聞いてうまくコミュニケーションを取りながら議論を進めること、その議論をまとめて建設的な落としどころを見つけることも必要な能力。オンラインで講義を受けるだけでなく、積極的に掲示板にも参加することでこれらの能力をも磨くことができるのは『gacco』ならではだと自負しています」
これからも、さまざまな面から皆さんが学びを深められる場所を、プラットフォーマーとして用意し続けたい…と伊能社長は話す。
「一般教養の受講や、異世代や意見が異なる人々との議論や交流を通して、自身の能力や興味の対象が思いもよらぬ方向に広がることもある。『gacco』を通して、今まで気付かなかった“自身の可能性”を発見してもらえたら嬉しいですね」
■「gacco」の講座一覧はこちら。
EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山 諭
関連記事リンク(外部サイト)
こんなカワイイ骨壷に入りたい!文具メーカーが本気で「葬祭ビジネス」に取り組む理由
自動車業界にLOVEビーム!?イタリア人女性マーケティング部長が語る「愛あるブランドの作り方」
「消費にシビアな時代」に何が売れる?商品ジャーナリストが語る「2016年ヒット商品」の条件
ビジネスパーソンのための、キャリアとビジネスのニュース・コラムサイト。 キャリア構築やスキルアップに役立つコンテンツを配信中!ビジネスパーソンの成長を応援します。
ウェブサイト: http://next.rikunabi.com/journal/
TwitterID: rikunabinext
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。