なぎなた少女の一年間の物語〜小嶋陽太郎『おとめの流儀。』
なぎなたについて知っていることを挙げてみる。弁慶が持っている武器。…もう終わった。ロシアに関する知識よりさらに少ない(よろしければ、2015年8月第4週のバックナンバーをお読みになってみてください)。しかし本書を読み終わる頃には、読者のなぎなたへの興味は無視できないものとなっているに違いない(私ももし習うとしたらどこに行ったらいいのかと、近隣のなぎなた道場について検索してしまったくらいだ)。
主人公・さと子は母親とふたり暮らしの中学1年生。頭がよく、運動もけっこうできて、顔もかわいい(←これに関しては自己申告的記述しかないため、やや盛ってる疑惑あり)。そのうえたいへんなしっかり者で(食事の支度はさと子の役割)、ぼんやりしたところのある母親を支えている。さらに中学に入学したばかりのさと子は、小学校から続けているなぎなたを部活でもがんばる予定。
しかし、決意を胸に柔剣道場へ向かったさと子が出会ったのは、背が高くユニークさにあふれた上級生女子。なんとなぎなた部はその上級生・朝子さんしか部員がおらず、さと子以外に新入部員をあと3人集めないと廃部になってしまうと語る。さと子の不安は的中し、部活見学期間2日目にクールでポーカーフェイスな井川さんと万事に自信なさげなかよちゃんのふたりが訪れた以外、いっこうに部員は集まらない。悠然と構える朝子さんと違って気をもまずにいられないさと子だが、タイムリミットぎりぎりになんとか頭数が揃う(しかも総勢6人の所帯に)。新しく加わったのは、さと子の幼なじみのゆきちゃん(見た目は子どもっぽいが高飛車)とクラスメイトの岩山くん(背が低くずんぐりむっくり。「聡子」という漢字が読めず「はじ子」呼ばわりする)。なんとか新しいスタートを切ったなぎなた部の新入部員たちは、朝子さんから驚くべき目標を聞かされる。朝子さんの口から出た言葉とは、「私たちは、剣道部を倒します」。
若さというものは往々にして純粋かつ残酷である。強い者はより強さを求め、弱い者の心を完全には理解することができない。朝子さんはもともと剣道の経験者だったが、女子部員がいなかったことから「なぎなた部に入れ」と言われる。本来そんなことで怯む朝子さんではないのだが、剣道部の連中がなぎなたを馬鹿にしていることに憤りを覚え、結局なぎなた部に入ったのだった。朝子さんと剣道部の部長・神谷さんとキツネ顔の坂上は、小学生の頃は同じ剣道場仲間。早くから始めていてダントツの強さだった朝子さんに、神谷さんはどんどん実力で上回っていくが、キツネは今でも勝てずにいる。キツネは朝子さんと勝負することばかり考えているのに、朝子さんの視界にキツネは入っておらず神谷さんを倒すことしか考えていない(それは、なぎなた部顧問である虫顧問と朝子さんの従兄・高野先生の関係にも重なる)。ベクトルはすべて一方通行なのだ。各々が思いを胸に、勝負は文化祭での公開試合という大舞台へ。朝子さんは神谷さんと、さと子はキツネと対決することになる。その結末やいかに…。
部活だけでなく、さと子にはもうひとつ気がかりなことがある。それは、ずっといないものとされていたお父さんの存在だ。さと子のあり得ないほどしっかりした性格やなぎなたを始めた理由はおとうさんの不在と密接に関係しており、子どもは大人が思うよりもずっといろいろ考えて行動しているのだと改めて思い知らされる。本書はそんなさと子の成長を細やかに描き出した一年間の物語となっている。
それにしても、小嶋陽太郎という作家はどうしてこんなに10代の気持ちがわかるのか(まあ、ご本人もまだ20代前半という若者なわけだが)。デビュー作『気障でけっこうです』(KADOKAWA)で女子高校生の、『火星の話』(同)で男子高校生の心情をみずみずしく描いた筆力は、本書でも余すところなく発揮されている(よろしければ、それぞれ2014年12月第3週と2015年6月第3週のバックナンバーをお読みになってみてください)。それだけではない、さらに素晴らしいと思うのは大人たちもまた魅力的なところだ。私は特に虫顧問にぐっときてしまった(『火星の話』の山口先生に続いて、先生の人物造形が素敵)。小嶋氏の著書は本書が3冊目となるが、ここまで外れなし。いま読み始めれば、「小嶋陽太郎? 早い段階で注目してましたけど」と自慢できますよ!
(松井ゆかり)
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