【映画を待つ間に読んだ、映画の本】 第25回「『宇宙戦艦ヤマト』をつくった男/西崎義展の狂気」〜今年最も衝撃的だった、映画関連書。
●人間・西崎義展に迫り、描ききった傑作。
年末ということで、今年読んだ、あるいは話題になった映画関連書籍を振り返ってみたのだけれど、既読本ではこれにつきるのではないだろうか。
牧村康正・山田哲久共著「『宇宙戦艦ヤマト』を作った男/西崎義展の狂気」。言うまでもなく、あの西崎プロデューサーの仕事ぶりから生涯に至るまでを調査・取材して書き上げた作品だ。
この書籍が持つ特殊性は、「映画プロデューサー・西崎義展」の仕事ぶりを描いただけでなく、まさに「人間・西崎義展」を真正面から取り上げたことにある。そもそも本書のオープニングは、2010年11月に、西崎が不慮の死を遂げたところから始まっているが、著者はこの事件についてこう語っている。
「『もしや西崎は消されたのではないか。あの男はそれだけの恨みを買っている』またたく間に、本気ともブラックジョークともつかぬ他殺説が世間に流布された」。
このあたりの視点が、本書があまたある映画関連本とは異なった位置づけにあることをストレートに表している。所謂映画ジャーナリズム(そんなものがまだ存在していれば、だが)から派生した産物ではない。というのは、『宇宙戦艦ヤマト』のプロデューサー・西崎について描写する場合、映画・アニメ関連のライター、評論家、ジャーナリストといった人たちは、どうしても「ヤマトを作った人」という認識で西崎を捉えてしまう。いわば「自分が子供の頃見て、大きな影響を受けた作品を作った人」として、西崎の実績の一部だけを過大に評価してしまい、プロデューサーとしての客観的評価が希薄となる傾向が多く見受けられる。それが書籍を著す大きなモチベーションになることは事実だが、ヤマトという作品とそれを作った人物の仕事ぶりを混同してしまい、すべてをポジティヴな視点で描いてしまう傾向は免れない。またこうした書き手の姿勢について、「賛美しか許さない」とばかりに、「原稿チェック」などと称してプレッシャーをかけてくる連中が存在することを考えれば、本書がそうした困難をはね除け、いかに妥協なく書かれたかが理解出来ようというもの。
●西崎の発する「悪の魅力」
結局のところ『宇宙戦艦ヤマト』以外に、これと言った成功に恵まれなかった西崎のプロデュース業だが、後年そのヤマトを復活させるプロジェクトが立ち上がり、原作者として法的に認識された西崎のもとに実写映画化の話が舞い込むが、この時の経緯が面白い。実写版映画『SPACE BATTLESHIP ヤマト』のプロデューサーを務めるセディックインターナショナルの中沢敏明の申し出に対して、一度は承諾し契約を交わす西崎だが、キャスティングやシナリオなど、あらゆることにダメ出しをして、映画化が進行しない。困った中沢が「すべて任せて欲しい」と申し出るや、西崎は「じゃあ2億円くれ」と要求する。当初決めた原作料の4倍に当たる額だったが、既に木村拓哉主演が決まっていることから、映画化は中止出来ない。やむなく中沢はこの条件を飲むことになる。このくだりは、プロデューサーという「資金を集めて、映画を作りあげる」種族同士のやりとりとして、実に興味深い。かつては映画、TVシリーズのプロデューサーとして金策に苦慮したであろう西崎が、逆に原作者の立場となると、実写版のプロデューサーに大金を要求する。また中沢としても、西崎の申し出に対して忸怩たるものを感じながら応じたのは、「『西崎と関われば、大変なことになる』と言われれば言われるほど、プロデューサー根性として『面白いなあ』と思って西崎さんにお会いした」と述懐する。このあたりの、危険を承知の上で、あえて火中の栗を拾う様な振る舞いは、通常のビジネスの常識では考えも及ばないだろう。プロデューサーという種族は、時としてこうしたリスキーな振る舞いをするものなのだ。かつての西崎もそうであったように。
ヤマトの実績こそ認めるものの、近寄ったら危険。ビジネスのやり方も狡猾にして悪質、また犯罪を犯して留置された事実もある。世間的に言えば西崎義展という男は、「悪人」と称されることだろう。だが西崎という男から漂うのは、そうした事実に裏付けられた強烈な「悪の魅力」だ。そんな西崎の人間性を存分に取材・描写した牧村、山田両氏の仕事ぶりを同じく著述を生業とする者として、この上なく眩しく、そして羨ましく思う。
(文/斉藤守彦)
■関連記事
【映画惹句は、言葉のサラダ】第7回 『男はつらいよ』シリーズの惹句を読んでいると、寅さんの威勢の良い啖呵が聞こえてくる・・・。
【映画を待つ間に読んだ、映画の本】第24回 『風立ちぬ/宮崎駿の妄想カムバック』〜漫画「風立ちぬ」をそのまま映画化したら、『紅の豚』のような作品になっただろう。
【映画惹句は、言葉のサラダ】第6回 ゴジラVSシリーズの優れた惹句ワークは、生頼範義の名イラストと共に、語り継がれていくだろう。
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。