大掃除シーズンにオススメ!あさのあつこ『殺人者の献立表』
さて、『殺人者の献立』なる剣呑なタイトルの本書。いったいどんな内容を想像されただろうか。ミステリー? ホラー? あるいはちょっとひねって料理本? 実は…。
本書は『Team・HK』(徳間文庫)に続くシリーズ第2作である。ハウスキーパー会社であるその名も「Team・HK」(略してTHK。ちなみにHKはhousekeeper)で働く主婦・佐伯美菜子が主人公。2児の母でずっと専業主婦だった美菜子が、求人チラシの言葉に一念発起し勤め始めてそろそろ半年になる。THKを立ち上げたチーフの真冬野日向や事務方の野端月子、同僚の樹里や杏奈や初哉に囲まれ、忙しくも充実した日々を送っていた。今日の依頼主は人気作家でお得意様の那須河闘一。闘一は売れっ子で美形だが、周囲を翻弄する自信家でもあり、スランプになると異様に部屋を散らかすというやや面倒くさいキャラクター。今回も仕事中の美菜子を捕まえ、”殺人の話を聞かせろ”と迫る。自作の主人公が見知らぬ男から「おまえの犯した殺人事件を知っている」といきなり指摘される冒頭部分を書いたはいいものの、彼女のリアクションがうまく描写できなかったため、美菜子の反応を参考にしようとしたのだ。そうとは知らずうろたえた美菜子だったが、昔近所に住んでいた西国寺という夫婦の夫の方が突然消えてしまった事件があったことを思い出す。1度目はすぐに帰ってきたのだが、2度目に家を出た後、彼はそのまま戻らなかったのだった。このエピソードを引き出した闘一はさっそく続きを書き始めるが、美菜子は記憶の底に眠っていた事件のことが気になってしまう。そんなある日、「西国寺」を名乗る人物からTHKに依頼の電話がかかってきた…。
かわいらしい表紙を見た時点でまさかホラーと思った方はおそらくおられないだろうが、本書はミステリー要素を含んだ美菜子の成長小説となっている。40歳を目前にした平凡な主婦の成長小説? いやいや、人間は一生成長し続けることが可能な生き物だ。以前の美菜子は、夫の顔色をうかがってはため息をつくばかりの愚痴っぽい人間だった。それがTHKで働き出してから、必要とあらば夫にも言い返すし、何より好きなことに打ち込んで楽しそうに見えるように(これは、中学生になって親にはちょいちょい突っかかるような態度をとる娘・香音も認めていること)。いわゆるアラフォーともなれば、これまでごく一般的な生活を送ってきた人間に、突然ノーベル賞を取ったりオリンピックに出たりといったニュースで紹介されるような劇的な変化が起こることはほぼないだろう。さまざまな可能性は刻一刻と限定されてくる。だが、精神的な充実を図ることは若かろうと歳をとっていようと可能だ。美菜子が手応えを感じているように、「幾つになっても変わっていけるなんてすごいことだ」。
幸せになりたかったら窓を磨け。月子曰く、ヨーロッパのことわざとのこと。眉唾ものと思いつつも、美菜子にとっては真実だった。掃除をすれば家の中が明るくなる。家が明るくなれば気持ちもしゃんとする。大掃除シーズンのこの時期、景気づけに本書をお手にとってみられてはいかがでしょうか。自戒をこめて…(美菜子と違い、掃除が苦手な私。家の惨状を見て気持ちが暗くなる→やる気が失せる→よけいに散らかる、の逆ループに陥りそうだが。いかんいかん)。
出版元である徳間書店のサイトによると、本書は著者が「初めて3、40代女性を主人公に描く期待のシリーズ」とのこと。昨年9月にこのコーナーであさの氏の『グリーン・グリーン』を取り上げたとき(『グリーン・グリーン』については、よろしければバックナンバーをお読みになってみてください)、「子どもと大人、両方の心情を鮮やかに綴る得難い作家である著者には、今後ともさまざまな年代の主人公を描いていっていただきたい」を締めの言葉としたので、美菜子の人物造形に関しては希望が叶って喜ばしい限り。30代40代あるいは女性に限らず、年齢・性別を問わず共感できる部分があることと思う。
(松井ゆかり)
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