組織を変えた伊藤直也氏のアドバイス──ハウテレビジョンは企業の成長痛をどう乗り越えたのか
就活情報サイト「外資就活ドットコム」で成長するハウテレビジョン。スタートアップから成長期に移行する過程で生じた技術的問題とは?
それらを解決し、さらなる飛躍を勝ちとるべく伊藤直也氏を技術顧問に招いた同社。 伊藤氏が彼らにアドバイスしたのは、果たしてどのようなことだったのか。
「これはよくあるパターンだ」と伊藤氏は感じた
はてなではCTOとして「はてなブックマーク」などを開発、グリーではソーシャルメディア統括部長としてソーシャルゲームの成長を技術面から支えた伊藤直也氏。2012年にフリーになってからは、複数のITスタートアップの技術顧問として活躍している。
2015年7月からは、グローバルプロフェッショナルを目指す学生に向けた就職情報インフラサービス「外資就活ドットコム」を運営するハウテレビジョン(東京・渋谷)の技術顧問に就任した。
▲株式会社ハウテレビジョン 技術顧問 伊藤直也氏「もうこれで技術顧問をさせていただいている会社は5社目。もう無理、いっぱいいっぱい」 それでもハウテレビジョンからの要請に応えたのは、紹介者がグリーCTOの藤本真樹氏だったから。
「藤本さんはお世話になった元上司ですし、ハウテレビジョンCFOの山﨑さんとは中学時代からの友人だというし、話を聞かないわけにはいかなかったですね(笑)」
ハウテレビジョンは、2010年2月の創業。代表の音成洋介氏は、自身が就職活動で苦労した経験をまとめた就活指南ブログが人気で、それが事業の母体になった。 創業当初はハウツー動画サービスを立ち上げようとしており、社名もそこに由来するが、うまく立ち上がらず、現在のリクルーティングサービスに方向転換した。
伊藤氏に技術顧問就任を要請したのは、もちろんハウテレビジョンが技術開発に大きな課題を抱えていたから。伊藤氏は話を聞いてすぐに「これはスタートアップが成長期に入るときに、よくあるパターンだな」と感じたという。
「創業時からいるエンジニア2名が3年半にわたって技術を引っ張ってきたのだけれど、技術的には少し負債の悪影響が出てきている頃合いだし、どんな言語を使用するかなど含めて基本的なところで開発のルールが明確ではなかった。事業が軌道に乗るようになって新たに人を採用するようになったが、開発組織をきちんとマネジメントした経験者がいないこともあり、誰が技術面でのリーダーなのかがはっきりしない。それが混乱の要因だ」と見抜いたのだ。
「リーダーは君だ」そう言うだけで組織は変わった
伊藤氏に相談をもちかけた開発本部長の大西貴之氏もこう言う。前職は時事通信社のシステム開発部門。ニュースサイトや、記事検索システム、選挙報道システムの開発など、4年半に渡って実績を残した後、ハウテレビジョン創業に加わった。
「創業時のシステム開発はいわゆるカウボーイ・コーディング。開発自体は楽しかったので突っ走ってきたけれど、早5年経ち、サービス規模を大きくする上では限界もあった。ものづくりにあたってのフロー整備や開発組織のマネジメント、さらにチームビルディングの必要性を痛感していたけれど、どこから手をつけていいのかわからない状態でした」
▲株式会社ハウテレビジョン CTO 大西貴之氏伊藤氏が最初にはっきりさせたかったのは、「エンジニアの中では誰がリーダーなのか」ということ。営業や企画サイドから開発チームに寄せられる案件に対してプライオリティをつけられる人は誰なのか。 レガシーコーディングなどこれまでの技術的な“負債”を返済し、これからの技術の方向性を指し示すことのできる人は誰なのか。
「みんな大西さんにリーダーになってほしいという顔をしていたんですよね。曖昧にはなっていましたけど、その雰囲気は見てわかった。それを代弁して『あなたがリーダーなんだよ』とみんなの前ではっきりさせただけです。それで、チームの雰囲気はガラッと変わりました」
顧問就任後、伊藤氏はエンジニアたちと2~3時間にわたるミーティングを何度か繰り返し、技術的問題を洗い出した。そのミーティングのために、事前に用意されたヒアリング記録には、エンジニアのさまざまな不満が羅列されていた。 エンジニアのミーティングでは、不必要なAPIが多すぎる。
初期の頃、WordPressを拡張して構築した投稿システムがいまや技術的制約になっている。それをいつ見切るのか。 今後は「継続的デリバリー」と呼ばれる、ビルド、デプロイ、テスト、リリースの自動化が必要になるがその準備はできているのか……等々の技術的課題が噴出した。 「できているところと、できていないところがクリアになっただけでも貴重なミーティングでした」という大西氏の認識は重要だ。
「課題が認識できてさえいれば、エンジニアは自らの力で解決できる」(伊藤氏)からだ。 もしかすると、エンジニア同士、エンジニアとPM(サービス企画者)との間の情報共有にも難があったのではないか。
「たしかにいまどきの企業ですから、AWSやQiitaやSlack、GitHubなどのツールは普通に使いこなしていました。それでも開発がうまく進まない。何か道具を導入すれば問題が解決するというのは、単なる思い込みにすぎないのです。やはり、開発組織の構造やマネジメント、そしてリーダーシップの欠如が問題の核心です。それに早く気づいてもらえてよかった」と伊藤氏。
エンジニアにとって正しい選択すれば、その会社はいい会社
まだエンジニア8人、社員総勢でも30人足らずの会社だけに、課題がクリアになれば解決するのも早い。大企業の大組織が開発不全に陥ったときとは違うスピード感でチームは生まれ変わりつつある。
さて、これからハウテレビジョンはどんな企業を目指そうとするのか。
「技術力でバリバリ先行するタイプの企業というよりも、着実にものづくりのプロセスをこなして、その成果を最大限サービス開発に活かす企業が理想です。エンジニアと他のメンバーが共に同じ方向を目指す一体感を発揮できる環境づくりが、開発本部長としての私の役割だと思っています」と大西氏。
一方、伊藤氏は「僕はあくまでも顧問なので、彼らがやりたいことをサポートするのが仕事」と前置きしつつ、こうアドバイスしている。
「よく『エンジニアリング・カンパニー』を目指したいという話を聞くけれども、それはGoogleのように技術を企業の競争優位性にしている組織が言うことだと思うんです。そういう企業は実際には少ないですよね。
サービスのユニークさやユーザーの質こそが競争軸だというWeb企業がほとんどだと思うんです。技術の優位性ではなくて。じゃあ、そういう会社は技術者にとっては良い会社ではないかというと、そんなことはないですよね。別に技術的優位性を謳わなくても、エンジニアにとって働きやすい会社であることとは全然矛盾しない。重要なことはエンジニアにとって正しい選択をすることであり、必ずしも技術的に先端をいくことではないと思います。
きちんと地に足をつけてユーザーにとって価値のあるサービスを作る。そのときにエンジニアリングを妥協しないということが大切なんじゃないでしょうか。そういう会社は、エンジニアにとって十分魅力的でいい会社だと言えると思います」
⇒「伊藤直也氏が伝授する、開発合宿を成功させる5つのポイント」に続く
取材・編集:馬場美由紀 執筆:広重隆樹 撮影:平山諭
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※本記事は「CodeIQ MAGAZINE」2015年11月16日掲載記事を、転載しています。
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