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西岡参議院議長、語る(4) 「同級生300人に年賀状を書いていた」

参議院議長の西岡武夫氏

 参議院議長西岡武夫氏は2011年6月14日、ニコニコ生放送とUstreamで放送された「山本一太の直滑降ストリーム」に出演し、自身が1年生議員だったときの思い出を語った。西岡氏は、東京オリンピックの前後、日本が水不足に陥った際「だいたいこんな事態になったのは、野党の皆さんも悪い」と発言し、先輩議員から大目玉を食ったという。

 また、子供の頃から政治家を目指していた西岡氏は、小学5年生のときから当選するまで、同級生300人全員に年賀状と暑中見舞いを書いていたと語った。

 以下、山本氏と西岡議長の番組でのやりとりを全文、書き起こして紹介する。

■「小学生の同級生300人全員に年賀状を書いていた」

山本一太参議院議員(以下、山本): 一貫しているということについて。私からみると(小沢一郎氏より)一貫しているのは、まさに西岡議長。ずっとこれまでの政治活動の軌跡を読ませていただいたが、一貫して保守を貫いてこられた。西岡議長がそう仰るので、それは小沢さんの存在感はすごくあるのかも知れないが、私からみると、政策は結構右にいったり左にいったりしてる感じがしないでもない。覚悟という意味でいうと、やはり我々の世代ではもしかすると敵わないものを持っているのかも知れない。

 少し柔らかい話をさせていただきたい。西岡議長の(項目がある)ネット上の百科辞典ウィキペディアを見ていたら、若い頃のエピソードがあって、そこには小学校時代から西岡議長は政治家を目指していたと。だから小学校の同級生には全員、年賀状と暑中見舞いを書き続けていると。これは事実か。

西岡武夫参議院議長(以下、西岡): 当選してからは出せなくなった。当選するまではずっと書いていた。

山本: 小学生の時からずっとか。

西岡: はい。(小学校)5年生の時から。

山本: だけど1学年というと何百人もいるが。

西岡: 300人かな。

山本: 300人にずっと小学校5年生ぐらいから。議長が書いていたのは政治家として、とにかくどこで応援してもらえるかわからないと思っていたからか。

西岡: まぁそれだけでもないが。

山本: 私もさすがに筆まめじゃないので、それを見て大変感動した。小学校5年生のころから300通も、暑中見舞いも年賀状も出したりしてたのか。

西岡: 夏に年賀状を書くわけだ。

山本: 夏に年賀状を書くと。

西岡: で、冬に暑中見舞いを書く。

山本: ああ、なるほど。

西岡: 冬休みに(暑中見舞いを)。夏休みに年賀状を書いて。だって、いちいち書いて…今みたいに便利な物がないから。コンピューターでバッと(いうわけにはいかない)。

山本: 当時はやっぱり全部手書きだったと。

西岡: そう。ハガキに(身振りで手を動かしながら)こう書くわけだから。

山本: なるほど。これは都市伝説ではなく、事実ということが判明した。もう一つお聞きしたい。これもウィキペディア情報だが、まぁ西岡参議院議長はすごくお洒落で・・・。

西岡: いや・・・。

山本: いや、お洒落。私はいつも大変お洒落な方だと思っている。いつも紳士だし。私が結構感銘を受けたのは、議長室にうかがってお話をさせていただいて、(部屋を)出る時に西岡参議院議長が必ず議長室の外まで出て見送ってくださると。こういう方は今までほとんどいなかった。本当にジェントルマンだと思うが、ウィキペディア情報からすると、「人の前でご飯を食べない」と。

西岡: そんなことはない(笑)。

山本: 人の前でご飯を食べないので、西岡議長と何か遊説なんかに行くと、スタッフが付いてて「一緒にじゃあ議長、ご飯食べましょう」と言うと、(西岡議長が)「僕は結構だから」って言うから、皆食べられないという話をうかがったのだが。これは・・・。

西岡: デマ。

山本: デマか。わかった。こちらの2番目の都市伝説はまったくのデマだと。

西岡: デマです。

山本: ということが判明した。ではライフストーリーではないが、政治家としてのいろんな活動についてお聞きしたいと思う。議長が初めて当選された時は池田(勇人)内閣・・・。

西岡: そうだ。

山本: 池田内閣の時代から政治家をやっておられるというのは、やはり私にとっては、「すごいな」という一言しかない。当初は「今の自民党の雰囲気とは違って、1年生議員は本当に雑巾がけをする時代だった」と。たしか、(西岡議長が)『文春(文藝春秋)』のインタビューで仰っていて、非常に印象的だった。雑巾がけをやって、「こんなことで政治家っていいのかな」という思いにとらわれた時もあったが「やっぱり雑巾がけの中で志を持った」と。それでいろんな部会に朝から、今でもそうだが、「いっぱいある部会のどれに出ようかと迷いながら、そのうち自分の得意分野を見つけて、どんどん深めていった」という話があった。当時の政界、当時の自民党というか、今の状況を振り返って、どんなふうにお考えになるか。

西岡: やっぱり、先輩は恐かった。

山本: はい。

■「『東京砂漠』という言葉を最初に使ったのは私」

西岡: 私が1回、委員会で1年生(議員)の時、厚生委員会だったか。そこで質問した時に、私は自分で無所属で出たから…。

山本: 最初は無所属で。

西岡: うん。親分はいなかった。自分で選んだ。パッとその親分のとこに情報が行く。「西岡がこんな発言した」と。それで(親分に)怒られて。それは何だったかと言うと、当時東京オリンピックの前後で。それで水不足だった、東京が。私は委員会で質問して「これじゃまるで東京砂漠じゃないか」と言った。あれ、私が最初に言ったセリフなんだ。

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