藤井太洋が見つめるテロ多発の地平、長谷敏司が描く虚栄の英雄伝説

藤井太洋が見つめるテロ多発の地平、長谷敏司が描く虚栄の英雄伝説

 伊藤計劃は『虐殺器官』『ハーモニー』の二長篇で日本SFにエポックを画し、これからアニメ化も控えている、いまなお旬の作家だ。その名を冠したオリジナル・アンソロジーをつくるとは早川書房もなかなか目敏い(もっとも企画そのものは京都大学SF・幻想文学研究会がアマチュア出版で先行している)。しかし、これは話題性だけの本ではない。収録された八篇は、それぞれの作家の独創性が明確に打ちだされた力作ばかりだ。

 巻頭の藤井太洋「公正的戦闘規範」が、とりわけ素晴らしい。舞台は2024年の中国。主人公の趙公正はかつて対テロ行動部隊所属の兵士だったが、退役後は上海の日系ゲーム開発会社に勤めている。新しい企画を練るなか、彼が思いだしたのが昔遊んだモバゲー〈偵判打(ジェンハンダ)〉だ。貧しい村で暮らしていた少年時代、政府支給の高性能スマートフォンにプリインストールされていたゲームで、実在の村落や街を舞台にテロリストを追いつめて倒す。のちに軍に入って知ったのだが、このスマートフォンは中国政府が個人の声紋、指紋、虹彩認証を収集する目的で配ったもので、それ自体が公安活動の一環だった。テロの横行とその取り締まりは次第にエスカレートし、いま趙が仕事をしているオフィスの外にもテロリストが放ったキルバグが浮遊している。廉価なドローンで、内蔵したAIが目標を定め射撃までおこなう。もともとは人民解放軍のドローン兵器に搭載された機構だったが、それをテロリストが応用したのだ。このように、いかなる規模の争いであっても(国家間・内戦・テロ)、武力と戦術のテクノロジーはいたちごっこだ。一方が新たな兵器を投入すれば、それに呼応して新たな怒りと暴力が生まれ、報復の連鎖が加速する。

 春節(旧暦の正月)の長期休暇に入り、趙も久しぶりに故郷へ帰省するが、その車中でテロに巻きこまれる。しかし、軍はその事態をあらかじめ察知しており、列車には特殊車両が連結されていた。趙はそこで思いがけない人物ふたりと出会うが、彼らは米国が新しく開発した攻撃・防御システムを携えていた。そのシステムが、とめどなく拡散・エスカレートしつづけるテロや内戦を「公正な戦い」へと引き戻すのだという。そして、奇妙な戦いがはじまる。

 この作品は、伊藤計劃がシニカルかつ切実に示した人類・社会の構造的な機能不全(負の連鎖)を、藤井太洋ならではのアイロニカルな互恵主義(?)で”少し巻き戻す”試みとでも言えばよいか。正義や理想などの思想によるのでもなく、斬新な科学技術によるブレイクスルーでもない。作品を貫いているのは実利的な視線であって、”少し巻き戻す”ことが全面的な解決ではない(別な歪みを胚胎してしまう)と、さりげなく示されている。読む者の思考を掻きたてずにはおかない問題作だ。

 巻末に置かれた長谷敏司「怠惰の大罪」も傑作。こちらもアイロニカルだが、藤井作品とは雰囲気が大きく異なる。舞台となるのは近未来のキューバで、のちに英雄的麻薬王となるカルロス・エステベスの若き日の野望と辛酸を描く。英雄的麻薬王という表現は異常に思われるかもしれないが、作品の冒頭にこんな証言が置かれている。「キューバじゃ、密売人が革命の闘士の後継者を名乗る。国に不満があるやつは密売人を支持する。警官と軍人はいっしょくたに、政府のイヌ(グアチヨ)呼ばわりされていたよ。だから、そっちの常識ではまさかと思うことが、キューバじゃ起こる」。

 貧しく生まれたカルロスは、サーファー相手のカフェの下働きのかたわらマリファナの売人をやっている。もっと儲かるコカインを扱いたいが、仕入れる金もなく、ブツを流してくれる警官(そう、警官が麻薬流通の片棒を担いでいるのだ)の売り上げ徴収も厳しい。しかし、ひょんなきっかけで麻薬カルテルの若き重鎮ラウルに気に入られ、運命の歯車が回りはじめる。さらに、アメリカ麻薬取締局由来のAIのコピーに成功したことが、カルロスの大きな足がかりとなった。システムは強固であっても、末端で管理する人間は脆弱だ。その隙を巧くつけば、暴力でハイテクさえ支配することができる。

 実績をあげて力を伸ばし、その力で人をねじ伏せ、裏社会をのしあがっていく。この経験はコカインよりも甘美だ。彼が成した荒事は吟遊詩に謳われ、カルロスの名はたちまちひとびとのあいだに知れわたる。しかし、急な成功は軋轢を生む。ラウルのふたりの兄が刑務所から出てきたことで裏社会の危うい勢力バランスが崩れ、カルロスは窮地へ追いこまれる。そこを突破するため彼は大きな犠牲を払い、それがまた新しい伝説となる。

 長谷敏司が単純なマッチョイズム礼賛の小説を書くはずがなく、この作品は神話の裏側にある卑小な人間と、運命の皮肉を冷ややかに綴っている。ホルヘ・ルイス・ボルヘスに「薔薇色の街角の男」「裏切り者と英雄のテーマ」など、ならずものを題材にした小説がいくつかあるが、あれをもっと大振りのエンターテインメントにした感じだ。長篇の第一章にあたるとのことで、おそらく、のちの章にはいっそうSFらしい展開が待っているのだろう。それを匂わせるターム(技術的特異点)が、すでにあらわれている。

 仁木稔「にんげんのくに Le Milieu Humain」は、迫力がみなぎる作品だ。著者が書きつづけている《HISTORIA》シリーズの一環をなすが、独立した作品として読める。文明の崩壊後、熱帯林の奥地に取り残されたひとびとは暴力に基づく文化を築いていた。村のなかでの嬰児殺しや他の集落とのあいだにおこる略奪などは凄惨というしかない。しかし、どうやら結果的には、種族としての均衡を保つことにつながっているらしい。主人公は血筋ゆえに異人と呼ばれている少年だ。彼は完全に排斥されているわけではないが、コミュニティにはなじめないまま成長する。彼の遺伝子には他人とは違う機能が組みこまれているのだが、それが救いになるわけではない。一種の貴種流離譚として読めるが、プロット以上に無情な印象が強烈だ。

 以下は、収録順に簡単にふれていこう。

 伏見完「仮想(おもかげ)の在処」は、生まれてすぐに電脳移植された娘の運命を描く。仮想で活き続けるには膨大なリソースが必要となり、それを確保するため、家族は切りつめた生活を余儀なくされる。物語は彼女の妹の視点で進行し、よじれた恋愛が絡んでくる。

 柴田勝家「南十字星(クルス・デル・スール)」の背景は、人類が「自己相」と呼ばれる共同システムに精神を委ねるようになった世界だ。個人は存在しているが、悲しみや罪悪感はシステムによって人類全体へ離散し平準化される。国家間の対立も解消された。そのなかで、なお自己相につながろうとしない者がいる。

 吉上亮「未明の晩餐」では、強制的な死刑が廃止され、本当に罪を悔いた者だけが自発的に死刑を受けいれる。自発性は脳へのスキャニングで客観的に判定されるのだ。主人公は腕利きの料理人で、死刑囚に供する最後の晩餐をつくる。

 王城夕紀「ノット・ワンダフル・ワールズ」も、人類がシステムにつながった時代の物語。人間はすべての選択をシステムに委ね、社会全体が最適化される。それが「進化」と見なされているのだ。システムの試用段階では適合できずに亡くなった被験者がいたが、それは進化に必要な礎とされた。それから二十年、システムを発明したうちのひとりが「私は殺される」というメッセージを発信する。いったい何が起きているのか?

 伴名練「フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪」は、伊藤計劃の遺作(円城塔が引き継いで完成させた)『屍者の帝国』のサイドストーリーとして、充分に通用する構成とできばえだ。主人公は切り裂きジャックで、彼がその数奇な人生のなかでフランケンシュタインの怪物、ナイチンゲール、ジキル博士らと関わりながら、人間の魂の実在性を追究する。日本から来た剣の達人とジャックが切り裂き対決するシーンなど、見せ場も多く用意されている。

 早川書房からはこの夏、円谷プロとのコラボレーションによる『多々良島ふたたび ウルトラ怪獣アンソロジー』も刊行されている。こちらもパロディや二次創作という域にとどまらない、各作家(山本弘、北野勇作、小林泰三、三津田信三、藤崎慎吾、田中啓文、酉島伝法)の特長が良く打ちだされた充実の一冊となっている。

(牧眞司)

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