伊坂幸太郎のエッセンスが詰まった短編集『ジャイロスコープ』
【短編集】
1.長さが短い小説を集めた書物。
2.伊坂幸太郎が書くとたいへんおもしろい内容になるもの。〔例〕『ジャイロスコープ』
本書は、伊坂幸太郎初の文庫オリジナル作品集。しかも巻末には書き下ろし短編&著者のインタビューまで付いているすぐれものだ。デビュー15周年を記念して新潮社から3か月連続で刊行された文庫の第3弾だが(ちなみに、第1弾は雑誌版・単行本版・文庫版の3編すべてを収録した『あるキングー完全版ー』、第2弾は初のエッセイ集の文庫化となる『3652ー伊坂幸太郎エッセイ集ー』)、もう15年選手なのかと驚く。『アヒルと鴨のコインロッカー』(創元推理文庫)が初めて読んだ伊坂作品なので私自身はまだ13年ほどの付き合いだけれど(知り合いか!)、いつまでもみずみずしさが失われないというか、”永遠の若手”的なイメージの作家だからかもしれない。
インタビューを読むと、長編と短編それぞれについて伊坂氏がどのように考えておられるかがわかって興味深い。すなわち、長編は「自分が一番やりたいこと、というか、部屋にこもって絵描きさんが大きな絵を描くような感じ」で「読者のことも考えますけど、基本的には自分のために書く」ものだけれど、短編は「依頼されたから頑張って書く(笑)、という感じ」で「読者のことを考えて、『面白い仕掛け』『驚きのある展開』を用意しようと思う」ものだそうだ。「長編よりも短編集のほうが読者には人気があるような気もして」いるとのことだが、実際私も短編の方がより好きかも!
著者の売り込み(?)通り、読者は本書においても『面白い仕掛け』『驚きのある展開』に満ちた7つの作品を楽しむことができる。個人的にいちばん好きな作品は「一人では無理がある」、いちばん爽快さを感じた作品は「if」、いちばん意表を突かれた作品は「ギア」。「if」はバスジャック事件に遭遇した男の話。主人公の会社員・山本はある朝通勤の途中でバスジャックに遭遇する。乗客のうち男たちだけが解放されたことで押し寄せる安堵と後悔。自分にはもっとやるべきことがあったのではないか…。20ページ足らずのショートショートに近い短編の中に、伊坂幸太郎という作家のエッセンスとでも言うべきものが濃密に詰まっている。大ざっぱに要約するとしたら短編にせよ長編にせよほとんどすべての伊坂作品について『面白い仕掛け』『驚きのある展開』(さらにもうひとつ付け加えるならば”飄々としながら繊細さも併せ持つキャラクター”)という説明でカバーできるかと思うが、『ジャイロスコープ』を1冊読むだけでも、共通の要素を盛り込みながらこれほど趣の異なる小説を生み出すことができるものなのかと目を瞠らされるに違いない。いわゆる「どんだけ引き出し持ってんの?」という状態である。
インタビューの最後で、著者は「その時に書きたいと思ったものを書いてきたら、いろいろな雰囲気の作品ができて、それを読んでくれる人がいる、というのはすごく恵まれているなあ、とよく思います」「そういう人がずっと読んできて良かったなあと思えるようにもう少し書いていきたい」と語っておられる。我々はすでにこの15年間「ずっと読んできて良かったなあ」と思い続けているわけだが、20周年30周年と長年の愛読者も新規のファンも同様の感慨を持つことができるように、「その時に書きたいと思ったものを書いて」いっていただきたい。
(松井ゆかり)
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