伝統的なSFの設定・アイデアの数々に、独自のテーマと風合いを盛りこむ

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伝統的なSFの設定・アイデアの数々に、独自のテーマと風合いを盛りこむ

『怨讐星域』! この表題にたじろぐが、内容はバイオレンスやハードボイルドではなく、あくまで世代宇宙船と惑星植民の物語だ。「怨讐」はしっかりと描かれているが、それは個々人の直線的な感情ではなく、まとまった社会・文化の底流としてである。

 たたずまいは伝統的なSFだ。ファンにとっては懐かしい設定やアイデアをいくつも組みあわせながら、梶尾真治一流の温かみとコクのある作品に仕上がっている。物語全体のスケールが大きく文庫版三分冊のボリュウムながら、挿話ごとに独立した山場があり、それぞれに登場人物の心情に沿った感動が味わえる。

 太陽フレア膨脹による地球壊滅が予測され、世代宇宙船による脱出が極秘裏に計画された。この宇宙の方舟「ノアズ・アーク」に乗ることができるのは選ばれた三万人だけだ。ちょっと年季の入ったSF読者なら、この発端にJ・T・マッキントッシュの『300:1』を連想するだろう。しかし、マッキントッシュ作品が脱出する側に重心を置いていたのに対し、『怨讐星域』はまず地球に残される人たちの視点に立つ。

 ノアズ・アークが旅立ったのち、地球では転送装置が実用化される。アメリカ政府の元高官のリークによって宇宙船の目的地(人間が住める惑星)が特定されたため、そこへ向けての避難転送(ジャンプ)がはじまる。ただし、宇宙をまたぐため精度は保証されない。ジャンプしたうちのどれだけが無事にその惑星へ到着できるかわからないのだ。当然、地球にとどまり、破滅しゆく運命を受け入れる人びともいる。

 ジャンプに成功した者たちは、エデンと名づけられたその惑星で、やがてやってくるノアズ・アークを待ち受けることになる。この「後発が先に到着して先発を待ち受ける」宇宙SFの構図はA・E・ヴァン・ヴォクト「はるかなるケンタウルス」に先例がある。もちろん、アイデアを主眼としたヴァン・ヴォクト作品と『怨讐星域』の人間ドラマとでは、まったく風合いが違う。

 転送装置を発明した人物にはロマンチックな動機があったのだが(それは独立した挿話として語られる)、それは人びとに共有されず、ノアズ・アークで逃げた3万人への復讐の念ばかりが高まる。むしろ「自分たちは復讐のためにジャンプしたのだ」との気分すら形成され、それはアルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』のガリー・フォイルの心情に近い。ただし、ワイドスクリーン・バロックの元祖ともいえるベスター作品のようなケレンは『怨讐星域』とは無縁だ。エデンの植民者たちは地道に汗水を流し、ゆっくりと共同体を築いていく。

 エデン開拓が描かれるのは第一巻だが、ここでは危険生物との闘いをはじめとするサバイバルの切迫とともに、地球にあった人種間・宗教間の軋轢をキャンセルして新しいつながりを求める躍動がある。これも懐かしいSFの味わいだ。

 一方、ノアズ・アークも安穏と航行しているわけではない。システムを維持する技術的な問題、閉鎖空間での秩序を保つうえでの社会的・政治的な問題が発生する。世代宇宙船の危機を扱った先行作品はロバート・A・ハインライン『宇宙の孤児』をはじめ数多いが、梶尾真治はそれらを踏まえノアズ・アークの状況を描きこんでいく。その状況はエデンのそれと対になって『怨讐星域』全体のテーマをなす。そのためハインライン作品のような極端な設定にはならない。梶尾真治ファンにとって見逃せないのは、タイムトラベル・ロマンスの変奏が、ひとつの挿話として組みこまれているところだ。ロバート・ネイサンの『ジェニーの肖像』をマイルドにした感じで、しんみりする。

 三分冊のそれぞれに著者のあとがきが付されているのも嬉しい。第一巻では〔結末で、世代間宇宙船で脱出した人々と、地球に置き去りにされ、奇跡の転移(ジャンプ)をして逃れた人々と、それぞれの末裔は果たして遭遇することがあるのか? もし、遭遇できるとすれば、それはどのような遭遇になるのか? /書き始めたときは、なにも考えていなかったのです。〕と述べられている。

 なるほど! あの最後のどんでん返しは演出上の仕掛というよりも、ノアズ・アークとエデン、それぞれの状況に内在し、物語のなかで発展していったテーマから自然に導かれたものなのか! 納得できるし、すっきりと後味が良い。

(牧眞司)

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