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【東日本大震災】あれから4年、気仙沼の夜空に3本の光の柱が立つ

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2011年3月11日の東日本大震災から四年が経とうとしている。
津波によって甚大な被害を受けた気仙沼は瓦礫こそ無くなったが、かさ上げ工事や防波堤問題など、まだまだ復興まで程遠いのが現状である。
そして今年も3月11日の夜に気仙沼の夜空に3本の光の柱が立つ。
それが「3月11日からのヒカリ」プロジェクトだ。
同プロジェクトは東日本大震災が発生した3月11日に三陸沿岸の都市・気仙沼市内湾(鼎が浦)から日の入り後の夜空に悼みと希望の3本のひかりを立ち上げ続けるイベント。2012年に気仙沼在住者と全国の有志で始まった。
実行委員長の斉藤道有さんはこう語る(2012年時のコメント)
「瓦礫の片付いた道の至る所に花が手向けられている。何もなくなった場所に手を合わせる方々が口々に言った。“どこさいげばいいんだべ?”家も墓も、位牌さえもなく、それでもどこかで気持ちを寄せ合いたい人々がたくさんいる。
ここには、失いつづけてゆく大切なものが、いつか本当に人々の心から消え去ってしまうかもしれないという恐怖がある。大丈夫だ、やるしかねぇ、立ちあがろう、できることでいい、そうやって毎日を過ごしてきた。やっと辿り着く一年だと思っている。だからこそ、どうしても私たちから届けたいのだ。苦しみに耐え続ける人々が分かち合えるように。日本中が気持ちを寄せ合える日に、それぞれの想いが、立ち上がるひかりを目指して集まれるように」

当日の3月11日の18時30分から防災無線から流れる『見上げてごらん夜の星を』のメロディーを合図に点灯し、多大な犠牲への悼みと生きる希望の象徴として、また震災の記憶を刻む碑となり、これから進む未来を照らす灯が深夜0時までの約20,000秒の祈りの時として刻む。
場所は気仙沼市内湾の別名『鼎が浦』と呼ばれる場所。3つの岬で囲まれた気仙沼内湾は、古来より3つの足に支えられた器を意味する「鼎(かなえ)」から「鼎が浦」と呼ばれてきた。

『未来をたちあげよう。悲しみ、喜び、ぜんぶ、 光の射すほうへ。』

最後に実行委員会からの注意事項を記載
「このイベントはどこかの会場への集客を目的とはしておりません。気仙沼の内湾を望む地域であれば、どこにいてもご覧になっていただけると思います。皆様が生活されている場所から、空を見上げていただけましたら幸いです。」

『海と生きる』を復興スローガンに掲げた気仙沼の夜空に今年も3本の追悼と希望の光の柱が立つ。

公式HP
http://311hikari.jp/
また当日はテキスト中継も行っている
39_11気仙沼を届けよう

※この記事はガジェ通ウェブライターの「oyama0529」が執筆しました。あなたもウェブライターになって一緒に執筆しませんか?

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