古今東西の記憶術をざっくり7技法にまとめてみた

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読書猿Classic: between / beyond readers

今回はくるぶしさんのブログ『読書猿Classic: between / beyond readers』からご寄稿いただきました。

古今東西の記憶術をざっくり7技法にまとめてみた

0.共通する事項 / 技法以前の事項
すべての技法が、連想、視覚化、有意味化、組織化というプロセスを用いている。
・連想:すでに記憶されているものに、記憶したいと思う新しいものを連想で結合する
・視覚化:連想での結合は、視覚イメージ化したもので行われる。“生き生きした”、“視覚的な”、“とっぴな/ばかばかしい”イメージが望ましい
・有意味化:それ自体意味がないもの(例:数字の羅列)を変換することで意味のあるものに変える
・組織化:ばらばらのものを組織化/体系化することで覚えやすく、また思い出しやすくなる。覚えたいもの全体の有意味化

技法以前の前提として、
(a)記憶したいものには十分な注意を払う必要がある(一度に多すぎる量を入力すると、有限な認知資源である注意の手が回らなくなる/多すぎぬ量ごとに覚える)
(b)興味をひくものは記憶しやすい。動機付けがあると記憶されやすい
(c)フィードバックすることで、(c—1)正しく覚えていることが確認できるとモチベーション・興味が維持される、(c—2)間違って覚えたものを発見することで、修正への動機付けが得られ、また注意を振り向けることができる

1.場所法  Loci system
最も古い記憶法。よく使う通りやよく行く場所、自分の部屋(にある家具)など熟知したものを手がかりに、記憶したい事項を結びつけて記憶する。

2.頭文字法 Acronyms
覚えておきたい事項、キーワードの頭文字を用いて、意味のある単語にする。

例:アメリカの五大湖→HOMES ・ ヒューロン(Huron)湖、オンタリオ(Ontario)湖、ミシガン(Michigan)湖、エリー(Erie)湖、スペリオル(Superior)湖。

新しく覚えるためよりも、一度学んだことを忘れにくくする方法。

3.かけくぎ法 Peg system(『ワタナベ式記憶術』では“基礎結合法”)
場所法の改良。場所法の使える“熟知したもの”はそれほど多くないので、たくさんのものを記憶しようと思うとすぐ足りなくなる。かけくぎ法は“熟知したもの”のかわりに使える“かけくぎ(ペグ)”を用意しておく方法。

かけくぎ(ペグ)を準備しておくことと、あらかじめ記憶しておくことが必要になる。良く用いられる“かけくぎ(ペグ)”には、手の指、体の場所(頭、額、目、鼻……腹、急所、もも、ひざ、足)、家族(祖父、父、祖母、母、兄、姉、弟、妹)、アナログ時計の針の位置、一年の月別行事、十二支、次に示す音声変換法でつくったペグなどがある。

記憶術を使って記憶済みの事項も“かけくぎ(ペグ)”に使える。覚えたいものの構成と似た“かけくぎ(ペグ)”が使えると、思い出す時のアクセスがはかどる(例えば本の構成を覚えるには、ツリー構造をもつ“かけくぎ(ペグ)”が使えるといい)。

4.数字変換法 Phonetic number system(phonetic mnemonic system、Major Systemとも言う、『ワタナベ式記憶術』では“変換法”)
数字を記憶する方法。0〜9のそれぞれの数字に音を割り当てて、有意味な言葉に変換する。数字に音の近い言葉を用いる方法(ごろ合わせ)と、五十音の各“行”をそれぞれの数字に割り当てる方法とがある。後者はア行なら“ア、イ、ウ、エ、オ”のすべてが“1”、“カ行”はすべて“2”……と置き換えられるので、使えるバリエーションが多く有意味な言葉を作りやすい。

年号や電話番号など数字の記憶に効果を発揮する他に、原理上、無数の“かけくぎ(ペグ)”を数字から作ることができるので、かけくぎ法のペグが足りなくなることがなくなる。

『ドミニク オブライエン』のDominic systemもまた数字をアルファベットに割り当てる(1→A、2→B、3→C、4→D、5→E、6→S、7→G、8→H、9→N、0→O)。記憶したい数字を2ケタずつアルファベットに変換し、さらにそのイニシャルを持つ有名人に変換する(例:27→BG→ビル・ゲイツ)。

5.連鎖法  Chain system(Link systemとも言う、『ワタナベ式記憶術』では“連想結合法”)
一連の事項を順番(シーケンシャル)に記憶する場合に用いる。場所法やかけくぎ法が、既知のもの / 用意しておいたものに、覚えたい物を結びつけるのに対して、覚えたもの同士を2個ずつ連想で結びつける方法。たとえばABCDE……といったものを覚える場合、AとBをまず結びつけて覚え、次にBとCを、その次にCとDを……といった風に、数珠つなぎにして覚えていく。“かけくぎ(ペグ)”の用意がいらないのが特徴だが、最初の事項(今の例ではA)をかけくぎ法で覚え、あとは連鎖法で覚えるなど、組み合わせても用いる。

6.スペースド・リハーサル法 Spaced rehearsal (Spaced repetition、Expanding rehearsal, Graduated intervals, Repetition spacing, Repetition scheduling, Spaced retrieval and expanded retrievalなどとも言われる)
例えば1日後、3日後、1週間後、2週間後、1ヵ月後……といったように、復習するタイミングを次第に開けていく方が定着率が高い。

DWM法では、35分を1モジュールとして、次の時間配分で、スペースド・リハーサルと初期学習を組み合わせたスケジュールを組み立てる。最初の20分を新しい学習に、次の4分間をインターバルに、次の2分ずつを1日(Day)前の復習、1週間(Week)前の復習、1ヵ月(Month)前の復習にあて、最後の5分間を今日覚えた事項の復習にあてる。20分+4分+2分×3+5分=合計35分。

7.エラーレス学習 Errorless learning
試行錯誤によって人は(生物は)学習するが、試行錯誤の期間を短縮する方法。

問題を解く際に、最初は正解の方に“印をつける“大きな文字にする”などして、目立たせておく。問題練習を繰り返すうちに、印は消し、文字も小さくしていく。記憶障害をもつ人のトレーニングにも用いられる。公文式のプリントで、最初は答えが薄い文字で書いてあるのもこれ。

■参考文献
『記憶術』 1993年 フランセス・A. イエイツ著 水声社
……記憶術の歴史について詳しい。

『弁論家について〈上〉』 2005年 キケロー著 岩波文庫
『弁論家について〈下〉』 2005年 キケロー著 岩波文庫
……記憶術に触れた最古の文献。記憶術を最初に発明したといわれる有名なケオス島のシモニデス(Simonides)の逸話を紹介している。弁論術において、記憶術は重要な部門だった。

『Rhetorica ad Herennium (Loeb Classical Library)』 1954年 Cicero著
……キケローに擬されているが、作者不詳の『ヘレンニウス宛弁論術』には、記憶術の実際について、下記のような詳しい記述があり、今も受け継がれる記憶術の骨法が既に示されている。
*********
・膨大な資料を記憶しようと望むなら、数多くの“記憶の場(ローカス)”を用意しなければならない。
・“記憶の場(ローカス)”は連続したものでなければならず、その順に従って記憶されなければならない。そうすることで、一連の場所のうち、どこから始めても、正順・逆順どちらにでも進むことができる。
・場(ローカス)になるのは、たやすく想起される場所、たとえば家、柱間、街角、アーチ門などである。
・記憶したいものと場(ローカス)を結びつけるには、なるだけ突飛な連想をせよとも言っている。
*********

『弁論家の教育〈1〉 (西洋古典叢書)』 2005年 クインティリアヌス著 京都大学学術出版会
『弁論家の教育〈2〉 (西洋古典叢書)』 2009年 クインティリアヌス著 京都大学学術出版会
…… 弁論術の5部門:発想(inventio)、配列(dispositio)、措辞(elocutio)、記憶(memoria)、口演(pronuntiatio)。とりわけ最初の3部門のために、クインティリアヌスは論点の発展と表現の中で、習得され・考察されなければならない要素すべてを解説した。古典弁論術の完成形。

『ヨーロッパ文学とラテン中世 ヨーロッパ文学とラテン中世』 1971年 E.R. クルツィウス著 みすず書房
……弁論術=修辞学が、いかに地理的にはヨーロッパの、歴史的には古典古代から近代にいたるまでの、知的紐帯(ちゅうたい)となったかを詳説した記念碑的作品。

『記憶術と書物 – 中世ヨーロッパの情報文化』 1997年 メアリー カラザース著 工作舎
……中世に開発された記憶術の数々を紹介するとともに、読書と記憶、著述と記憶の関係、さらに記憶術が社会制度・伝統に対して果たした役割、文芸に与えた影響を詳説。

『劇場のイデア』 2009年 ジュリオ・カミッロ著 ありな書房
……ルネサンス期の有名な“記憶の劇場(場所法の極致!)”の創案者カミッロ著書の邦訳。

『哲学的建築 – 理想都市と記憶劇場』 1996年 ライナルド ペルジーニ著 ありな書房
…… カミッロをはじめ、『太陽の都』のカンパネッラ、ばら十字三文書のなかの『化学の結婚』のヨーハン・ヴァレンティン・アンドレーエ、宇宙が無限を解きコペルニクスの地動説を擁護し火刑に処せられたジョルダーノ・ブルーノの記憶術的建築。他にロバート・フラッド、アタナシウス・キルヒャーについて、記憶術と建築・都市の関係を考察した書。

『ルリヤ偉大な記憶力の物語 – ある記憶術者の精神生活 (1983年)』 1983年 A.ルリヤ著 文一総合出版
…… 一度聞いた言葉や名前、日付、電話番号などを、メモもとらずにすべて記憶しているというあるジャーナリスト“S”について、30年間にわたって研究。Sの恐るべき記憶力が共感覚(たとえばある音を聞くと青い色が見えるとか、風景を見ると甘みを感じること。リチャード・E. シトーウィック『共感覚者の驚くべき日常 – 形を味わう人、色を聴く人』参照)によるものであることをつきとめる。Sは耳から入る情報を、強烈な映像や感覚体験に置き換えて覚えていたのだった。

『記憶術のススメ – 近代日本と立身出世』 1997年 岩井 洋著 青弓社
……明治20年代に起こった記憶術ブームについて紹介し、近代に登場した《立身出世》というイデオロギーと記憶術の結びつきを解き明かす本。“自己啓発”が大好きな人に。ちなみに明治30年代はじめには、第一次催眠術ブームが起こっている。

『記憶術講義』 1894年2月 井上円了講述 哲学館
……日本で最も古い記憶術についての文献。青水先生口授『物覚え秘伝』(明和8年、1771年の発行)を付録に含む。

『妖怪学講義』 1894年 井上円了著 哲学館
……第6巻“教育学部門”第2講“教養篇(へん)”で、さまざまな記憶技法を紹介し、また西欧にはない50音を数字にあてはめて長い数字を記憶する方法を案出している。

椋木修三氏(『図解 超高速勉強法 – 「速さ」は「努力」にまさる!』 著者)や竹下和男氏(『覚えられない人の3秒記憶術』著者)が師とあおぐ渡辺剛彰のワタナベ式記憶術は、その父、渡辺彰平によって創始されたもの。
『図解 超高速勉強法 – 「速さ」は「努力」にまさる!』 2004年 椋木修三著 経済界
『覚えられない人の3秒記憶術』 2008年 竹下和男著 中経出版

渡辺彰平氏は、井上円了の著作などを参考にしながら独力で研究をしていた。生活のために弁護士になったことで法律関係の著作が多いが、記憶術については、下記の著作がある。
『心理応用記憶力発現法』1923年 渡辺彰平著 帝国記憶学会 
『万有記憶論』 1925年 渡辺彰平著 湯浅粂策 

その息子の渡辺剛彰氏は、『記憶術の実際』が1ヶ月で120版を超えるベストセラーとなり、これにより記憶術ブームが起こる。
『記憶術の実際』1961年2月 渡辺剛彰著 主婦の友社

同時期には以下の著作が発行されている。
『記憶術(カッパ・ブックス)』 1961年2月 南博編 光文社
『記憶術入門』坂井照夫・石原敬三著 富士書店

くしくも、その前年、藤本正雄『催眠術入門 – あなたも心理操縦ができる (カッパ・ブックス)』が、ベストセラーとなり、第二次催眠術ブームが起こっている。

上記の渡辺剛彰氏の著作は手に入りにくいが、最近の著作でも基本的に同じ方法を伝えている。
『一発逆転!ワタナベ式記憶術』 1996年 渡辺剛彰著 フローラル出版

最近の記憶術関係書籍は膨大にあるが、下記の2冊を挙げるにとどめよう。
『記憶力を強くする 最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方(ブルーバックス)』 2001年 池谷裕二著 講談社
『記憶力を伸ばす技術 – 記憶力の世界チャンピオンが明かす画期的なテクニック』 2002年 ドミニク オブライエン著 産調出版

『メイザーの学習と行動 メイザーの学習と行動』 2008年 ジェームズ・E. メイザー著 二瓶社
……心理学の学習理論についての教科書。カバリッジが広く、例も豊富で読みやすい。

『The Memory Book: The Classic Guide to Improving Your Memory at Work, at School, and at Play』 1986年 Harry Loray、neJerry Lucas著
……記憶術関係の本では最もポピュラーなものの中の1冊。

『Your Memory: How It Works and How to Improve It』 2001年 Kenneth L. Higbee Ph.D.著
……こちらは心理学者が書いた記憶術の本としてポピュラーで手に入りやすい。先行研究についてきちんと参照しているので、元はだれのどんな研究かがわかるので便利。

『Imagery and Related Mnemonic Processes: Theories, Individual Differences, and Applications』 1987年 M. McdanielM. Pressley著
……いわゆる記憶術についての学術研究を集めたもの。

『Human Memory: Theory and Practice』 1997年 Alan D. Baddeley著
……記憶研究やその応用についての教科書。ここから読み始めよう。

『The Oxford Handbook Of Memory (Oxford Handbook Series)』 2005年 不明
……記憶研究についての事典的論文集。何が問題にされていて、どんな研究がなされているのかわかる。最前線への道。

『Current Issues in Applied Memory Research (Current Issues in Memory)』 2010年 不明
……ほんとに最近でた、記憶研究の論文集。

執筆: この記事は今回はくるぶしさんのブログ『読書猿Classic: between / beyond readers』からご寄稿いただきました。

文責: ガジェット通信

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