見たぞ、はやぶさの凱旋(がいせん)
今回は松浦晋也さんのブログ『松浦晋也のL/D』からご寄稿いただきました。
見たぞ、『はやぶさ』の凱旋(がいせん)
6月13日の朝、観測地下見のために『ニコニコ生放送(以下ニコ生)』一行とクーバーペディのビジターセンターで待ち合わせる。野尻さんが『Twitter』 で呼びかけると、およそ10名ほどの日本人がこのオーストラリアの辺境であつまった。なかには『mixi』で仲間を募り、レンタルのキャンピングカーで走ってきた猛者らもいる。車両に『はやぶさ』マークをはってアデレードから走ってきたとのこと。オーストラリアではやたらとキャンピングカーを見る。ワーキングホリデー中のIさんいわく、定年退職後の楽しみとして回っている人が多い。
ここで、『ニコ生』一行は買い物に回ったが、とんでもないことが判明。野尻さんと『三才ブックス』のSさんが、パスポートの入ったバッグを忘れていった!一見落ち着いていた野尻さんだけれども、実はかなり舞い上がっていた模様。彼らのホテルに忘れ物を届けてから下見に出発。スチュワートハイウェイを南下する。
下見の結果、クーバーペディから90kmほどスチュワートハイウェイを南下したところにある休憩のための駐車場で、『はやぶさ』を出迎えることにする。クーパーペディに戻って昼食はイタリア料理屋でピザ。野尻さんの呼びかけで知り合ったAさん、Oさんをクルマに乗せて観測場所に向かうことになる。Aさんはコマケン(小松左京研究会)メンバー、Oさんはその友人でオーストラリア労働ビザ取得を目指す看護士さん。
6月13日午後は、クーバーペディの観光に費やした。クーバーペディは世界の9割を占めるオパールの産地だ。オパールはシリカを含む水が泥岩の割れ目にしみこみ、長い年月の間に作り上げる。オパールが出るということはその場所の地層が数億年のオーダーで安定していたということだ。かつてのオパール鉱山を改装した博物館を見学する。クーバーペディは1980年までテレビ放送が入らない、文字通り地果つる地だったとのこと。
雲はかなり心配だったが、午後4時半の出発時点でかなり晴れていた。出発直前、国立天文台の渡部潤一先生に行き会う。国立天文台組はクーバーペディから30kmほど離れた自動車の入ってこない地点から観測するとのこと。しかも観測後はそのまま、明け方まで南天の夜空の撮影会に突入するという。さすが本職は力の入れ方が違う。渡辺先生は、酒瓶らしきものを手に提げていた。「お祝いに、ね」。午後5時半に観測場所に到着。『ニコ生』組はすでに到着し、セッティングを行っている。
日が沈む。360°地平線の風景が夕焼けで染まる。美しいの一言に尽きる。その後にはもっと素晴らしいものがあった。南半球の夜空だ。全天快晴、透明度最高の夜空。南十字星も大小マゼラン雲もはっきり見える。野尻さんが「石炭袋がくっきりと見える」と喜んでいる。ああ、もうこれが見られただけで、今回はいいやという気分になる。いや、今度は星空のためだけにオーストラリアに来たい。私はいて座方向の銀河中心を見ているうちに、猛然と行きたくなった。そちらに行くのが正しいかどうかは別として、だが。宇宙開発の是非を議論するならば、まずはこのような夜空の下で一夜を過ごすべきなのだろう。見て、なお“不要”と言える人がいるとは私には思えない。
待っているうちに、雲がまたも出てくる。雲は増え続け、午後9時ごろには全天を覆うかというほどに広がった。一時はどうなることかと思ったが、再突入30分前あたりから風が吹き、雲が減り始める。『ニコ生』の主催者nekovideoさんが機材を必死でセッティングしている。通信料金が3000円/分というインマルサットの衛星携帯の出番だ。これはいけるかも、という気がしてくる。デジカメで夜空を撮影するが写らない。撮影を一切あきらめ、眼視に徹することにする。
『はやぶさ』の突入時刻となる。
(撮影:平田成)
まず、西南方向の雲が非常に明るく光った。機体が大きく分解した際の光だと思う。
(撮影:平田成)
次の瞬間、雲の向こうから煌々(こうこう)たる光の帯が飛び出してきた。良く見ると先端には橙色(だいだいいろ)の輝点、再突入カプセルだ。その後に尾を引き、四散していくのは本体だろう。分解していく機体は時折緑色の光を放っている。銅の炎色反応かと思ったが、後で聞いたところでは再突入で発生した酸素のプラズマの輝きだとのこと。
高度60kmほどだが、あまりに速く、明るいので遠くに思えない。航空ショーなどで目の前をジェット機がフライパスしていく――その様と似ている。機体が四散していくのがはっきり分かる。大型太陽電池パドルが、ハイゲインアンテナが、『イトカワ』を観測したセンサーらが、サンプラーホーンが、長期の航行に耐えたイオンエンジンが、飛散し、分解し、輝き、燃え尽きていく。先頭でオレンジ色に輝く再突入カプセルの飛行は安定している。揺らぎは見えない。カプセルの空力設計がうまくいった証拠だ。
揺らぐことなくまっすぐ飛行する再突入カプセルが、輝きの尾を引いて飛散する機体を従え、南オーストラリアの星空を横切っていく。これは凱旋(がいせん)だ。今や『はやぶさ』の本体(ここはウェットに“魂”というべきなのか?)は機体から再突入カプセルへと移り、分解する機体を従えて、堂々地球への凱旋(がいせん)を果たしたのだ。
その間数十秒ほどか。やがて本体の光は消え、再突入カプセルの輝点も南東方向の夜空に溶けていく。音速を切る際のショックウェーブが聞こえるかと耳を澄ましたが、聞こえなかった。
野尻さんが「ビーコン受かったよ!」と叫ぶ。ストップウォッチを押してビーコン継続時間の計測を始める。スピーカーから、オクターブ違いの音を往復するビーコン信号が聞こえてくる。ビーコンは再突入カプセルの耐熱シェルがはずれると作動する。シェルがはずれたことは間違いない。3分、5分とビーコンは続いた。この時点でパラシュートが開傘したと考えて大丈夫だ。でなければ、カプセルは大地に激突し、とっくにビーコン送信を停止しているだろう。
nekovideoさんのアドホックな助手、通称“neko奴隷”君が、特製『八木アンテナ』をかざしながら泣いている。『三才ブックス』のSさんが、「この日のために」と『リポビタンD』を配る。『ニコ生』のカメラの前で、全員で『リポビタンD』を一気飲みする。ビーコン音が小さくなり、ノイズが混じりはじめる。地表が近づいているのだ。着地するとビーコン音のパターンが変わるはずだが、変化の前にビーコン音はノイズに没した。それでも着地直前まで聞こえていたはずだ。
その後、クーバーペディに戻り。某オーストラリアの大学の観測班との飲み会となる。開発開始から14年、打ち上げから7年。飛行距離60億km、地球から直線距離で3億kmの彼方まで赴いた探査機は、地球に帰還した。機体は四散し、燃え尽きたが、再突入カプセルは無事に着地し、回収を待っている。何度でも繰り返そう。これは始まりの終わりにすぎない。私たちにはこれから行くべきところがいっぱいある。
6月13日深夜、相模原における記者会見での川口淳一郎プロジェクト・マネージャーの言葉
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我が国の技術は潜在的に高い。
もっと自信を持って良いが、なかなか場が与えられていない。今後もっと進められるのでは。
挑戦することにためらいを持たないでほしい。
今日で『はやぶさ』は終わるが、技術の風化と拡散が始まっている。伝承する機会がもう失われているかもしれない。
これを理解してもらい、将来につなげるミッションを立ち上げる必要がある。
意気込みはもう強い、としか言いようがない。
アメリカの計画は、『はやぶさ』が火をつけた。
身を引くような宇宙機関はあってはならないと声を大にして言いたい。
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「No.1440 再突入記者会見」2010/06/14『宇宙作家クラブ ニュース掲示板』より引用
http://www.sacj.org/openbbs/
おかえりなさい、『はやぶさ』。そして次のステップへ。
執筆: この記事は今回は松浦晋也さんのブログ『松浦晋也のL/D』からご寄稿いただきました。
文責: ガジェット通信
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