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STAP事件簿12 深層(1)小保方さんは誰に迷惑をかけたのか? 謝るのは記者の方だった!!(中部大学教授 武田邦彦)

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今回は武田邦彦さんのブログ『武田邦彦(中部大学)』からご寄稿いただきました。
※この記事は2014年04月11日に書かれたものです。

STAP事件簿12 深層(1)小保方さんは誰に迷惑をかけたのか? 謝るのは記者の方だった!!(中部大学教授 武田邦彦)

2014年4月8日に行われた小保方さんの記者会見では、小保方さんは何回も頭を下げて謝っていた。「自分が未熟だった」という理由だが、小保方さんは誰に、どういう迷惑をかけたのだろうか?「未熟」というのは謝らなければならないことだろうか?

彼女は29歳と言う若い年齢で研究リーダーとして新しい細胞の研究をし、「どうも、外部からの刺激で初期化される細胞があるらしい」ということがわかり、その研究成果をまとめて世界的に有名なネイチャーと言う科学誌に論文を投稿した(2013年3月10日)。

投稿した論文は、まだ研究は途上で、未完成のところもあり、やや不十分な記載もあったが、全体としては価値があると認められて、厳しい査読委員の審査を通って、同年12月20日、アクセプト(掲載可)にまでこぎつけた。論文は「ミスがないから掲載される」のではなく、「その論文のどこかに価値があれば掲載される」という性質のものだ。減点主義ではない。

また、論文を提出するというのは、自分の研究(黙っていれば自分や自分の組織しか知らない)を人類に役立てるために公知(だれでも使える人類共通の財産)にするための行為だから、論文を出すだけで立派だ。普通、企業などは研究成果を論文として出さないので、頭脳活動は人類共通財産にはならず、その会社の利益に結び付く。

さて、ネイチャーに論文が掲載されると、興味のある人が読む。20ページ近い英語の論文だから、専門家しか見ないのが普通である。そして専門家は「将来にわたって事実として認定されるかどうかは不明だが、小保方という研究者が何かをやってこういう結果を得たか」というのを知ることができる。

雑誌への掲載料金は自分が払い、すべての労働対価は自分持ち(組織もち)なので、一般社会になにも迷惑はかけていない。また内容は斬新だが、なんといってもまだ世界的に知られていない人だから、共著者に笹井さん、若山先生、バカンティ教授などがいるので、「ああ、あの研究関係の中の若手が書いたのだな」と思って読む。

この論文を読んだほとんどの人は、1)外部からの刺激で細胞が初期化する可能性があるなということ、2)実験は豊富だが、まだ初期の研究だから少しの間違いや錯覚もあるだろう、3)これからの研究や考え方にかなりの刺激になった、と感じただろう。

そして、とても強く興味を持った学者がいたら、追試をしたり、小保方さんの知恵を拝借してさらに研究をしたいと思った人もいるだろう。でも、人の知恵を借りて始めるのだし、研究がまだ初歩的な段階にあり、書いた人も若いので、全面的に信用した人もいなかったと思う。

論文、特にその中でも画期的な内容を含む論文には間違いが多い。人間の知恵は、自分が目標としているのに甘いから、研究者はとかく自然現象を自分の目標としていることにつなげてしまう傾向にある。だから錯覚しやすいが、それをあまり意識すると今度は必要なことを見落としてしまう。

科学史などを少しでも勉強した人は、新しい発見が本人の強い錯覚によったり、偶然だったりすることを良く知っている。たとえばノーベル賞をもらったポリエチレンの合成の発見では、オートクレーブの端についたわずかなシミが気になった研究者がそれを分析したことから始まる。

サラリーマン的、官僚的な研究では新しいことは見つからないし、まして「誤りのない論文を書こう」と思っていたら、新しい内容の論文はかけない。「完成してから書け」と言う人がいるが、どの段階で完成したと言えるかすら、分からない。

「管理主義」と「発明」はまったく相反する性格を持っているからである。前者は制服が似合い、後者はジーパンがあう。私の経験ではまんべんない気配り、隙の無い仕事、キチンとした人づきあいなどができる人で画期的発明をした人をあまりしらない。でもそのことは「適材適所」から言ってもわるいことではない。それぞれ人間には持ち分があるからだ。

論文は未完成で出始める。そのほうが多くの人が参加できて良い。また超電導でも、DNA構造でも、トンネル効果でも、最初の論文から詳細に書いてあるものはない。「こんなことが起こった」とか「おそらくこうではないか」という学問的提案がだんだん、実ってくるものである。

その点から言って、小保方さんは「社会に大きな貢献をした」、「若い日本人の見本になる一人」であることは間違いないが、決して「迷惑」も「悪いこと」もしていない。記者会見では謝る必要はなく、むしろみんなで立ち上がって、拍手をすべきだった。

学術論文はもともと受動的(読む人が判断する)ものだから、書いた人は査読を通る(査読委員が責任を持つ)ことで問題はないのである。また、科学はウソをつかないから、科学者は原理的に悪意はない。

頭を下げるべきは記者の方だった。小保方さんは日本の若者の見本だったのだから。若い人、ミスを怖がらずに!!

執筆:この記事は武田邦彦さんのブログ『武田邦彦(中部大学)』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2014年04月17日時点のものです。

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