商品を売ってはいけません。 その3
今回は鳥塚亮さんのブログ『いすみ鉄道 社長ブログ』からご寄稿いただきました。
※この記事は2014年2月22日に書かれたものです。
商品を売ってはいけません。 その3
「商品を売ってはいけません。」 2014年03月02日 『ガジェット通信』
https://getnews.jp/archives/524098
「商品を売ってはいけません。 その2」 2014年03月03日 『ガジェット通信』
https://getnews.jp/archives/524138
いすみ鉄道の急行列車は300円の急行料金をいただいていますが、急行区間の大原―大多喜間では、ふだんの黄色い列車よりも所要時間が多くかかります。
これは昨日乗車したJR九州の「はやとの風」をパクったのです。(本邦初告白!)
「はやとの風」は、特急列車にもかかわらず、交換待ちでもなんでもない駅で数分間停車します。
鉄道140年の歴史の中で、時間短縮というのが特急の使命として長年考えられてきた中で、10年ほど前に「はやとの風」が登場した時に、運転上の必要性があるわけでもなく、特に名所になっている駅でもないところで、用もないのに数分間停車するのですから、JR九州でこの列車を企画した人はとても勇気が必要だったと思います。
なにしろ、大きな組織で前例がないことをやるというのは、たいへんなことなはずですから。
でも、その数分間停車がある意味地元の活性化につながって、嘉例川駅をはじめとする沿線がここまで話題になって賑わうようになったのですから、新しいローカル線の使い方を示した事例第1号は、私は肥薩線だと思うのです。
私がいすみ鉄道で最初に急行料金をいただこうと考えて国交省に相談した時、「他の列車より時間がかかるのに特別な料金を取ってはお客様が混乱しませんか?」と尋ねられました。
私は、「観光目的の特別料金であって、今までの常識で考える急行料金ではありません。だから混乱することはありません。」と答えました。
国交省の担当者はたぶん違和感はあったのでしょうが、「この社長には何を言っても通じないだろう。」と思ってくれたのか、通常の列車よりもオンボロで速度が遅い列車に急行料金を取ることを認めてくれました。
さて、ふたを開けてみたらどうでしょう。
「急行料金を取っているのに他の列車より時間がかかるのはケシカラン。」というクレームはキハが走り始めて3年になりますが一度もありません。
途中の国吉駅で10分間停車するのを皆さん楽しみにして、ムーミンショップを訪ねたり、写真を撮ったり、地元の人たちと触れ合ったりしています。
この間、お客様からクレームを受けましたという報告があって、話を聞いてみると、ダイヤが乱れていて列車が遅れていたので、急行列車の国吉駅での10分停車をカットして列車を先に進めたら、「楽しみにしていた途中停車をカットしないでほしい。」と乗っていた複数のお客様からクレームされたというのです。
そんな意味で、いすみ鉄道の急行列車は、「急いで行かない列車」であって、ガイアの夜明けで申し上げたように、伊勢えび特急の「特急」は「特に急がない列車」なんです。
そして観光でいらっしゃるお客様は、そういう体験を楽しみにいらっしゃる。だから、目的地へ行くという商品を販売しているわけでもなければ、急行列車でも速達を約束しているわけでもないんです。
一見、バカな話に聞こえるかもしれませんが、こういう交通機関として本来あるべき「輸送」であるとか、「速達性」であるという商品を販売しないことが生き残りの道であって、本来の商品を販売していたのでは、ローカル線は生き残れないのです。
付け加えて申し上げるとすれば、昨日乗った「はやとの風」をはじめとするJR九州の観光列車は、特急料金をいただいているからだと思いますが、律儀にスピードを出して一生懸命走る。
駅では数分間停車するところもあるけれど、途中区間では特急としてのスピードで走るんです。
車内販売では特産品のおつまみやビールなどを販売していますから、こちらとしては車窓の風景を楽しみながら、グラスに注いだビールやワイン、ハイボールをのんびりとやりたいんですが、列車が速いもんだからグラスをしっかり押さえていないと倒れてしまうし、揺れと速度でのんびりと楽しむことができない。
JR九州の観光特急列車が、駅間ももっとゆっくり走るようになったら、完璧になるでしょうし、そうなったら、本当に商品を売らない商売として確立しますから最強でしょう。(それが七つ星なんでしょうね。)
だから、この点ではいすみ鉄道の急行列車(急いで行かない列車)の方が、現時点では一歩進んでいると私は思うのです。
特急列車が速く走るだけでは、商品をそのまま売っているだけなんですね。
今から5年前の平成21年に私がいすみ鉄道の公募社長として採用された時、私は、いすみ鉄道では目的地までお客様を運ぶ輸送という商品は売れないと考えていました。
日本でのローカル線問題というのは、昭和の時代から40年間も国家の問題として取り上げられていて、「国として何とかしなければならない。」といって対策をとってきたにもかかわらず、40年経っても未だに解決できていない。
私に与えられたテーマは、それをどうしたら解決できるかという国家的プロジェクトであるのですが、私はそんなことはお構いなしに、単純にビジネスとして考えるようにしたのです。
そこで方針として取り上げたのは、「今までやってきたことはやらない。」ということ。
今まで国全体で40年以上もやってきて、未だに解決できていないのですから、そのやり方を変えなければ、解決できないのは当たり前です。
ビジネスと考えた場合に、今までのやり方の延長線上に未来はないわけですから、やり方を変えなければならないのは明白なんです。
もっとも、安全輸送という第一義的使命は、過去の蓄積の上に成り立っているわけで、私は、今日までの5年間、輸送の部分に関しては今までのやり方を一切変更することなく踏襲し、商品の部分を新しい考え方で運営してきています。
さて、ではどのような商品がいすみ鉄道の商品かということになりますが、いすみ鉄道はあくまでも目的地までの輸送が商品であることに変わりありません。
距離に応じた運賃をいただいて、お客様に目的地までご乗車いただくことが商品です。
ところが、沿線の人口や少子高齢化を考えると、その商品をいくら棚に並べてお客様がやってくるのを待っていても、従業員の給料すら払えなくなることは目に見えています。
だから、私は、いすみ鉄道の商品である「輸送」ということを、品ぞろえとして商品棚に並べてはいますが、積極的に販売しないのです。
つまり、「車を置いて列車に乗ってください。」と地元の人に言いませんし、「どうぞ乗りに来てください。」と観光客にも言わないのです。
それは、過去40年以上にわたって、全国のローカル線で行われてきたやり方で、そのやり方でローカル線問題は解決していないのですから、やらない。
これは、私のポリシーなんです。
では、いすみ鉄道は何を販売しているかというと、「ローカル線の旅」をお楽しみいただくことで、昭和の里山が残る沿線風景の中、のんびりとローカル線の旅を体験していただくことを販売しているのです。
だから、いすみ鉄道の中で一番売れている切符は1日フリー乗車券。
例えばJRで大原へ来たお客さんが、いすみ鉄道に1日乗り放題乗って、また大原からJRでお家へお帰りになるわけですから、JRは輸送機関ですが、いすみ鉄道は目的地へ行く輸送という商品を販売しているのではなくて、「乗ることそのものが目的」という体験を販売しているわけです。
そうすることで、いすみ鉄道のお客様の数が増え、収入が増え、おまけに沿線地域にもたくさんのお客様がやってくる。
これがいすみ鉄道の観光鉄道構想で、観光列車を走らせて鉄道だけにお金が入るシステムではなく、地域が全体で潤うようなシステムを作ること。これが私のポリシーなんです。
国鉄時代から続く会社は、今まで、あまり地域と会話をしようという意図は感じられません。
会社としての使命はお客様に安全快適な輸送サービスを提供して利益を出すこと、従業員の雇用を確保すること、株主に還元することだけしか考えていない節があって、鉄道というツールを使って、輸送以外の方法で地域に利益をもたらそうという発想もないようです。
だから、大手がやらないその隙間を狙って、いすみ鉄道は、今までのそういうやり方を変えて、地域と一体となって、沿線地域の知名度のアップなど間接的な利益も含めて、地域にできるだけ多くの利益をもたらす商売の仕組みを作り出しているわけで、輸送という商品だけでなく、目に見えない体験というものを販売しているのです。
おそらく、今までのローカル線では、こういうやり方をやってこなかったし気付かなかったと思います。
でも、いすみ鉄道だけでなく、今、全国のやる気のあるローカル線で、やる気のある社長さんたちが、一生懸命いろいろな取り組みをするようになりました。
そして、地域と一体になることで大きな成果を出し始めています。
それをJRの経営陣も見ている筈です。
JRの幹部の人たちは、頭の良い人たちが揃っていますから、近い将来、JRも、いすみ鉄道のような、地域密着型の商品を取りそろえ、輸送以外で地域を盛り立てる使命に気づくようになると私は見ています。
そうすると、日本という国は地方から元気になるはずで、例えば昨日見てきたJR九州でやっている観光列車などは、地域と一体となって地域おこしに貢献して、地域に利益が落ちるような仕組みになっていますから、全国のJRが九州のように地域に貢献する姿勢を見せ始めれば、私は、ローカル線の未来は明るいと確信しているのです。
(今の時点では、誰も乗らないのに走らせていること自体が地域貢献だ、という程度の発想のようですが。)
そういう時代になれば、ローカル線という商品がもっともっと売れるようになるし、そうなれば、民間の資金も第3セクターのような経営の厳しいローカル線にどんどん入ってくることになります。
公募社長としての私の使命は、そういう時代を作り出して、大きな民間資本にローカル線の経営をバトンタッチするまでの「つなぎ役」なんです。
いかがですか、皆さん。
商品を売ってはいけませんという意味をお解りいただけましたでしょうか?
こうして考えて見ると、毎日通る街の中や、いろいろなところで、商品を売っているお店と、商品以外の物を売っているお店があるのがわかると思います。
そういう街やお店を見て歩く癖をつけると、また違った世界が見えてきて、楽しいと思いますよ。
そしてもう一つ、いすみ鉄道は体験を通して「夢」や「思い出」も品ぞろえの一つにしているのです。
鉄道会社が輸送だけを売っていれば良いと思っているようじゃ、列車は定時に発車しても、世の中には乗り遅れますよ。
(おわり)
執筆:この記事は鳥塚亮さんのブログ『いすみ鉄道 社長ブログ』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2014年02月28日時点のものです。
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