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命を軽視する人々

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今回はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

命を軽視する人々

最近は下火になった気もするが、ひところWindowsアプリのメモリ使用量をいかに減らすか?というノウハウが盛り上がった。古くはWindows95のリソース節約とかもあった。アプリのメモリ使用量を減らせば、動作が軽くなるという理屈。

ただ実際には、存在するメモリは贅沢に使いきった方が、そのアプリ自体のパフォーマンスは上がる。問題になるのは複数のアプリを切り替える時のオーバーヘッド。

で、「そんなにメモリが大事なら、パソコンから外して大事に箱に入れて保管しておけ!」という皮肉がある。使ってこそのメモリの価値だろう、と(笑)。

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人の命は大事だという。

「これからの「ブラック企業」の定義の話をしよう」 2013年10月18日 『ihayato.書店』
http://www.ikedahayato.com/index.php/archives/28020

ひろゆきも田母神俊雄との対談で同じようなことを言ってたように思う。国を守るのに命をかけるなんて馬鹿らしい、と。ただはじめは、日本国民がどうすれば幸せになるか?という話だったのに、最終的に実際に戦争になったら、自分は1人で逃げるという話になってしまった。おい、日本人全体の幸福の話をしてたんじゃないのか?と。いつから自分だけの都合の話になったんだ?と。

こういうのよくあるのだよね。最初は壮大なビジョンを掲げてたのに、だんだん戦線縮小してしまって、最後には「誰がなんと言おうと、自分はこう生きる」という最小限の防衛ラインまで交代してしまう。自分はどうするか?というなら、それ以上他人は踏み込めないわけで、その先は反論のしようがない。

でも、あれ?多くの人々にとってどうあるべきか?の話をしてたんじゃないの?という拍子抜け感は拭えない。

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ただ一方で俺も体験があるが、最初からあくまで限定された規模の話をしているつもりだったのに、何やら誤解されてものすごい遠くの戦線で戦いを挑まれることもある。おいおい、そんなこと俺は言ってない、苦笑せざるを得ない。俺としてはどの規模の話をしているか?には気を使ってるつもりなのだけどね。たとえばあまり一般性のない話や主観に依存する主張は「俺は」と主語をつけている。

ただひろゆきの「国のために命をかけるべきか」という話や、今回のイケダハヤトの「仕事のために命をかけるべきか」という話は、少なくとも最初は「すべての人々がこうあるべき」という点からスタートしたと思うんだよね。

だからそれが話しているうちに、どんどん限定されていき、最後には「自分はこのように行動する」と個人の生き方にまで縮小してしまうと、事実上の瓦解かな、と思う。

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「この世にお金より大事なものはない」という主張に「だったらお金を使えないじゃないか」という面白い反論が2chのまとめサイトに合ったと思う。つまりお金が一番大事なら、それと交換する価値がある物は存在しないはず、と。

戦後の歪んだ平和教育のせいか、「命は何よりも大事」と考える若者が少なくない。ひろゆきとイケダハヤトでは10年ぐらい世代が違うけど、平和教育汚染世代という意味では同世代なのだろう。

お金持ちにとってお金はある金額を超えると、庶民の感じるようなお金としての価値がなくなるという。どう使えば社会を変えられるか?という手段の一つに過ぎなくなるのだろう。

人の命も同じだと思うのだよね。社会を変えるにはどう人の命を使い捨てるか?という思考が社会全体のあり方を議論する時は必要。これは命を粗末にしろというのではない。命も人間が持つ価値の一つにすぎないのだから絶対視すべきではないということ。まあ、こう書いても誤解する人はいるだろうけどね。

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お金は使われる(交換される)ものだ。同じように人の命も入れ替わっていく。新たな生命が生まれ、古い生命が死んでいく。お金が「使われる」ことに価値があるように、生命も「死ぬ」ことに価値がある。

人は絶対的なものを求めたがる。以前はそれが「神」だった。今日では科学の法則だったり、人の命だったりする。価値の相対化が大事とかいう人ほど、命は絶対視するんだよね(苦笑)。きっと現代の人々が「命は何よりも大事」と盲信しているのと同じぐらい、中世の人々は「神の言葉が大事」と盲信していたのだろう。

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それにしてもロボットが発達すれば、人間は命をかける必要はなくなるって、ひろゆきの戦争が起きたら自分だけ国外に逃げるというのと同じぐらい幼稚だと思うんだよね。平和だからこそ簡単に国外へ旅行できるし、日本政府があるからこそ国外でも日本人はそれなりに活動できるわけで、戦争になったらそういう前提が根本から崩れる。

ロボットも誰がメンテナンスするんですかね。やっぱ人間がいないと機械は機能し続けることはできない。ロボットがロボットを修理し、人間が一切関わらなくても機能し続けるって、SFだろう。SFの話をしてるなら、最初からそう断ってから話始めるべき。ひろゆきの戦争の話も、自分個人の話奈良最初からそう断って話し始めるべき。イケダハヤトは放射線を浴びながら原発事故の処理をしている作業者に、すぐにそんなことやめろ、と言ってやるべき。

日本人全体の幸せの話と思って聞いてたら、あるいは目の前のブラック会社という社会問題をどうすべきかという話と思って聞いていたら、「ありゃりゃ?何の話」と。

別にSFの話をするのは構わないけど、目の前の現実の問題とごっちゃにされてはね。こういうのをSFと現実の区別がついてない人という。

イケダハヤトに限らないが、思考の視野を広げろとか多様性を重視しろという人々が、命の大切さに囚われて狭視野化し、思考が限定されてしまっている。狭視野化というのは自覚できないからやっかい。「宗教は麻薬」という言葉があるが、「平和主義も麻薬」。

執筆: この記事はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2013年10月21日時点のものです。

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