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「厳しすぎる社会」は「だれも責任をとらない社会」

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今回はやしおさんのブログ『やしお』からご寄稿いただきました。

「厳しすぎる社会」は「だれも責任をとらない社会」

バイトが冷蔵庫はいったりして店つぶして賠償金数千万なんてひどすぎる。だって会社が店を閉店したのは、世間様の空気に屈した(先読みした)からなのに。冷蔵庫の清掃や商品の廃棄、客への補償に対する賠償請求ならまだわかるよ。でも世間力の強さをバイトのせいにするなんてとんでもないよ。

だけど世間様(ブコメとかヤフコメとか2ちゃんしか見てない……)は「そうだ、こいつをつぶせ!」ってゆう。1アウトで人生ゲームセットにしろっていう。賠償金払ったら終わりじゃなく、復学もダメ、まともな就職もダメ、一生日の目を見るなという。

「こういうやつが社会に出る前に潰せてよかったね」みたいなコメントを見かける。「一度失敗した人間は、また失敗するかもしれないから潰せ」ってわけだ。でも「一度失敗した人間は、今度は学習して上手くいくかもしれない」とだって言える。けれど、そうは言わないんだ。

あるいは「社会秩序を乱すことは許されない」ってイデオロギーを盾にとったりする。でもそれは人生潰すレベルまで追い込むことを保障するものじゃない。どれも他人の人生潰す理由としては不十分なのに、理由として使っちゃう。

もともと(俺らは品行方正に我慢して生きてるのにあいつ好きなことしてズルい、許せない)っていう嫉妬と恨みの感情で「つぶせ」って言ってるだけだ。だいたい自分が利用したこともない店の話なのに、怒ってるんだから。でもその感情を正当化するために理由がほしい。そこで「二度失敗するから」「社会秩序を乱してはいけないから」で自分を納得させる。そうすれば「俺は正しい!」って顔して恨み感情をぶつけることができて気持ちいいからね。こうして恨み感情が恨みパワーとなり、束になって世間力になっていく。

こういう厳しすぎる社会と、だれも責任をとらない社会というのは表裏一体じゃないかと思ってる。

1アウト人生終了システムだと、ほんとはアウトの事でも「いやいやアウトじゃないし」と隠蔽したり、「みんなでやりました」とうやむやにしたり、(あいつ人生終わっちゃうのかわいそう)と仲間でかばったりして、誰も責任をとらなくなる。

一方で誰も責任をとらないと、ひとたびコトが露見して誰かが責任を取らざるを得なくなったときに、そいつに何もかもの責任を負わせることになる。実際、世間様の空気圧に対する責任を、世間様にとってもらうのは無理だしね。

こうして「厳しすぎる社会」と「だれも責任をとらない社会」がお互いを支えあってく。

そんな社会で実現される責任は、本来個人が負うべき責任の範囲に対して過剰に小さいか、過剰に大きいかの両極端に振れてしまい、適切な責任のとり方が難しくなる。なにもなかったことにするか、全部そいつのせいにするか、どっちかしかない。

冷蔵庫入ったりピザ生地顔に押し付けたりしてバカだなあとは思っても、それでそいつの人生を壊滅させていいレベルの話かよと思ってた。でも店をつぶしちゃったきっかけはそのバイトだしな、とも思った。この差、やっちゃった事の大きさと、取らされる責任の大きさの差が、どっからくるんだろうと不思議だったけど、こういう話なのかもしんない。

執筆: この記事はやしおさんのブログ『やしお』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2013年09月09日時点のものです。

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