ブラック企業で働いていたら労働基準監督署のガサ入れにあった
ブラック企業だとあたりをつけていた会社に潜り込むのに成功したのは、5月の連休明けだった。
「20年もフリーライターを続けてきて、いまさら就職活動か?」と周囲からは失笑された。就職活動を進めていたのは、ちゃんとした理由がある。つい先日上梓した「うちの職場は隠れブラックかも(三五館)」の覆面取材のためだ。もっとも、違う意味で、就職活動は難航した。
なにしろ、ブラック企業を内側から取材するためにサラリーマンになるのだから、まっとうな会社に入社しても意味がない。応募の時点で、ブラック企業かどうかを見極めなければならない。幸いなことに、それまでの取材の甲斐あって、ブラック企業を見分けるノウハウは、ある程度蓄積していた。
いわゆるブラック企業といわれる会社は、ネット上になんらかの「印」を残していることが多い。ホームページをあるポイントに基づいて調べたり、代表者や社名といったキーワードで検索を重ねると、かなりの確率で、ブラック企業かどうかを冷静に判断することができる。ネット上の情報だけで判断がつかない場合は、面接に進んだ際に、面接官を冷静に観察すると、ほぼ90パーセント程度の確率でブラック企業かどうかを判断できる。
民間の転職サイトで、ブラック企業だと思われる複数の企業に応募してみたが、そのうち一社の面接に進むことができた。私は内心、「しめた」と、膝を打っていた。
面接から胡散臭さ満点
社長面接を実施するという連絡を受けて、ふだん着ることがない紺のスーツを着て、指定された時間に、先方のオフィスに出かけた。
応募したのはECサイトを運営している会社だ。オフィス自体は小ぎれいで、一見したところ、怪しい企業には見えない。
だが、面接での社長の口ぶりと態度で、「この企業はブラック企業に違いない」と確信した。
ブラック企業と言われる会社の社長や、経営に加わっている人物は、例外なく「ある特徴」がみられる。(詳しくは、私の近著「うちの職場は隠れブラックかも(三五館)」で解説しているので読んでいただきたい。)
結局、その場で内定をもらったのだが、続いて行われた労働条件の説明を聞いて、想像通りのブラックぶりに唖然とした。
正社員採用するが、3ヶ月間の試用期間は社会保険に入れないと、はっきりと明言したのである。フルタイムの勤務なら、採用直後に社会保険に加入させなければ違法になるはずだ。(もっとも、最近は、無知を装って、採用する社員にそういった条件をつきつける企業も多い。)
他にもツッコミどころ満載な発言が飛び出したが、何も言わず入社を承諾した。ちなみに、雇用契約書を書面で交わされることはなかった。会社側に不利な証拠を残さないためだろう。案の定、会社のブラックぶりが全開になったのは、入社してすぐだった。
うちは残業代は出ないから
「うちは残業代出ないから。」
出勤初日に、オフィスに出向いて最初に言われたのがこの言葉だ。こちらとしては、ブラック企業の覆面取材のために入社したのだから反論はしないが、巧妙なやり方には、やはり腹が立った。
「残業が発生しないから残業代は出ない」という理屈らしいが、実際は、極度の人員不足で、どんなに頑張っても、平均で2時間以上の残業が発生する。単純に計算して、月に40時間は残業が生じることになるのだが、残業手当の支払いは一切ない。しかも、タイムカードを採用しておらず、上司にメールで業務日報を報告するため、残業せざるを得なかった証拠を社外に持ち出しにくくしてある。(毎日の仕事の達成目標が決められており、達成する前に帰宅すると、翌日の朝は、叱責される。)
オフィスで働いている社員は、私を含めて4人だったが、不思議なくらい言葉を交わさない。着任してしばらくは、一番年長の私に気を使って、口数が少ないのだろうと思っていた。だが、会社から貸与されたパソコンのメールソフトを立ち上げてみて、社員の口数が少ない理由を悟った。要は余計なことをしゃべると、自分の身が危うくなると、全員が考えているのだろう。パソコンには、今まで退職に追い込まれた前任者たちのメールが残っており、いずれも労働基準法などは、まるで無視した一方的な辞めさせられ方をしていた。
それとなく、仕事を続けている一番若い子に会社の事情を尋ねてみると、この会社はECサイト事業を手掛けたものの、すでに2回失敗しており、莫大な赤字が出ているらしいとのこと。立ちあげ時に出資している親会社が、不動産事業で黒字を出しているため今のところなんとかなっているが、一日も早く収益を出すことを、株主から厳しくつつかれているらしい。
私自身、SEだったことと、CSSを使ったホームページの制作と、SEO対策、Javaの知識を少々蓄えていたこと。また、広告・出版の仕事でキャリアを積んでいたため、事業のV字回復を狙って採用したようだった。
仕事では結果を出した。入社1週間目から売上が立ち始め、1ヶ月目で目標値に達した。(もっとも、ネットの仕事の実績があるエンジニアと、そこそこ広告の仕事の経験が豊富な人材を雇えば、簡単に結果が出せるはずなのに、人件費を極端に削減して未経験者に試行錯誤させることを繰り返していたため、まったく結果が出なかっただけなのだが)
売上が上昇しはじめた後は、仕事を効率化し、残業を極力減らした。それにつれて、チームのメンバーも心身の負担が減り、表情が変わってきた。至上命題と言われ続けていた売上が安定しはじめたことは大きいだろう。たしかに、クビになるかもしれないことをおびえながら働いていれば、実力以上の結果は出せるはずがない。
とはいえ、私は、そろそろ解雇されるだろうと考えていた。社長はじめ、経営陣に今まで売上がでなかった理由を何度説明しても、ホームページを作りさえすれば、黙っていても物が売れるという思い込みが抜けない。
会社側は、売上が安定しはじめた時点で、ECサイト運営のノウハウを吸収しきれたと判断して、人件費カットのために、私を解雇に踏み切るだろう。
ある朝、アルバイトの女の子が泣きついてきた
予想は当たった。会社側は、日々の黒字が安定しはじめた時点で、最低限のメンバーで運営できるようにシフトを組むと言いだした。(とても、複数の業務を兼任できるスキルがある人物が揃っているわけではないから、すぐにまた売上は転落するのが目に見えている。)
ある朝、出社したら、アルバイトの女の子が泣きついてきた。今週末付けで解雇になるのだという。アルバイトとはいえ、すでに半年以上フルタイムでの勤務を続けている。本来なら社会保険の加入義務が発生するはずだが、案の定、社会保険には加入してもらっていない。
このぶんだと、雇用保険にも加入させていないだろう。会社に解雇撤回を求めるかはさておいて、雇用保険に加入させているかを確認するために、ハローワークの雇用保険適用課に相談するようにアドバイスした。
結果は、クロ。会社側と争って、せめて雇用保険だけでも確保するようにアドバイスしたが、結局その子は、会社に言われるままに解雇を受け入れて、会社を去ってしまった。
次に火の粉がかかったのは、私だった。今月末で自主退職してほしいのだという。
本来なら全面的に対立するが、こちらとしては今回は新しく書く書籍の覆面取材で潜り込んだ身分だ。
取材ができればそれでいいので、やんわりとした物腰での対応を心がけた。この年で自己都合退職したとなると、再就職は難しいと思うので、会社都合の退職ということだけは認める書類を出してほしいと交渉したのだ。そうすると、ご丁寧に、会社都合で解雇する旨の書面を出してきた。
そもそも、雇用の際に、労働契約書を書面で交わしていないのに、会社都合で解雇するという書面を出してくるのは、いささかおめでたい。(人を雇った証拠を極力隠そうとするのに、こういうったワキがあまい対応をするのもブラック企業の特徴だ。)とりあえず、書面を受け取り、解雇を承諾した。
書面を受け取ったのは、理由がある。
こういった法令に違反する解雇を会社が行った時、労働基準監督署がどのような対応をするかを取材するためだ。
まずは、電話で管轄の労働基準監督書に電話をしてみた。こちらが証拠資料があることを伝えると、とりあえず送ってほしいとの回答。(本当は出かけて説明したかったのだが、解雇される日まで残務整理をすることを他のメンバーに約束したため、欠勤できない。無理に欠勤して、不自然に思われるのはまずいので、とりあえず郵送することにした)
それから数日間、労働基準監督署からは、音沙汰がなかった。役所にありがちな対応で、受理はするけども動かないのだろうかと思いはじめていた時だ。出勤した後に届いた郵便物を整理していたたら、ある郵便物の差出人を見て驚いた。
労働基準監督署からの葉書である。
裏面を見てみると、労災保険を滞納しているから早く納付しろという内容だった。労災保険は、社員を雇うと保険料を納めなければいけないと法令で定められている。「こんなところまで、この会社は杜撰だったのか」と改めて驚いたが、始業後にかかってきた電話に再び驚いた。
「もしもし、株式会社●●●ですか? こちらは横浜北労働基準監督署の●●と申します。●●さん(上司の名前)をお願いしたいのですが。」
労災保険料の督促らしいが、私が労働基準法違反の通報をした後だ。あまりにもタイミングが良すぎる。幸い、労働基準監督署の担当官は、私だと気付いていないので、上司が不在だという回答をした。
「そうですか。では、午後はいらっしゃいますよね? もしいらっしゃらないなら、他の方にお話をうかがえれば結構ですので、午後にうかがわせていただきます」
そういうと、労働基準監督署からの電話は切れた。私もすっかり日々の業務にそまっており、午前の忙しさに、労働基準監督署からの電話を忘れていたのだが、午後の始業と同時に、聞き覚えのある声を耳にして、はっとした。
「労働基準監督署の者ですが、今朝ほどお電話差し上げたとおり、お話をうかがいに参りました。●●様(上司の名前)は、いらっしゃいますか?」
ガサ入れである。運悪くというか好都合といか、上司が戻ってきていた。
「今、ちょっと忙しいんです」
「事前に、お葉書で何度も連絡していますが、回答がなかったんですが、この場でお話はできますよね。できないんですか? それなら、他の社員の方にお話をうかがいたいんですが」
「それも、ちょっと困ります……」
「なぜですか? 他の方はお時間余裕ありそうですよね。」
上司は、言い逃れもできず、また、逃げられない状態に固められてしまった。
労働基準監督署の職員は、けっして言葉を荒げたりすることはなかったが、上司を説き伏せて、オフィス内に入り、約小一時間以上あちこち回っては質問していた。
「また、改めてうかがうことになりますので」と言い残して、労働基準監督署の職員は帰っていった。おそらく、違法行為を固められる証拠を押えたのだろう。
その後、私はしばらくして離職してしまい、最終的に会社が労働基準監督署から、どのような処分が下されたかは見るに至っていない。聞くところによると、以前から会社の無法ぶりについて相談していた元社員がいたそうだが、客観的な証拠がなかったため、動いてもらえなかったらしい。
つまり、私が提出した書類が、違法行為を摘発する赤いボタンを押したことになる。あの後、どういった処分が下されたのか見てみたかったが、フルボッコに等しいやり取りを目の当たりにしたので、おおよその想像はできる。労働基準監督署は、逮捕権や捜査権を与えられている役所だ。おそらく、そういった強権を発動する対応がされたにちがいない。
ブラック企業という言葉が浸透して、かなりの日が経ったが、以前のような搾取し続けたり、パワハラ・セクハラ当たり前のブラック企業は目立たなくなったと言われる。代わりに、保険の未加入や賃金の巧妙なカット、試用期間で雇用した社員を解雇を繰り返すことで、人件費を削減しながら会社を維持させるなどといった、社会の批判の矢面には立ちにくい形で法令違反を繰り返す「隠れブラック企業」が増えている。
こういった企業に入ってしまった場合、労働基準監督署などに相談するのも一つの方法だが、退職を前提に会社と徹底的に闘う方法もある。また、労働組合を使って、おかしなところを是正させて会社に居残る方法もある。
厚生労働省は、ブラック企業の疑いがある企業について厳しい捜査を行うことを明言した。これからは、ブラック企業に対して、さらに厳しい対応が行われるようになるだろう。
とはいえ、もはや、1億総ブラック企業と言っても過言ではないような時代になりつつあるから、会社から不法に搾取されないことを意識するべきだ。そして、快適に働く方法と環境づくりを自分たちで行えるように知識を蓄えることが、自衛のために不可欠になるのではないだろうか。
ブラック企業と対峙する方法については、拙著「うちの職場は隠れブラックかも(三五館)」でも触れているので、ぜひ目を通していただきたい。
※この記事はガジェ通ウェブライターの「松沢直樹」が執筆しました。あなたもウェブライターになって一緒に執筆しませんか?
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