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『レイヤー化する世界』はどのようにして書かれたのか  佐々木俊尚の未来地図レポート 番外編

『レイヤー化する世界』はどのようにして書かれたのか  佐々木俊尚の未来地図レポート 番外編

今回は佐々木俊尚さんのブロマガ『未来地図レポート』からご寄稿いただきました。
※この記事は2013年07月20日に書かれたものです。

『レイヤー化する世界』はどのようにして書かれたのか  佐々木俊尚の未来地図レポート 番外編

『レイヤー化する世界』をどのように執筆したのかを、今回の番外編では書いてみたいと思います。なお最後に小さな宣伝をさせていただいていますので、そこまでお読みいただければ幸甚です!

今回の本は、昨年の春ぐらいから書き始めました。当初は新書サイズでの刊行は考えておらず、ソフトカバーの小ぶりで薄い単行本として、中高生向けに読んでもらうことを考えていました。妻松尾たいこのイラストをふんだんに使って……というのは当初から立てていた計画です。

いまの時代を歴史を踏まえて書くというのも、当初からの計画でした。私はこの数年、膨大な量の歴史書を漁って勉強し続けており、その中でひとつのコンセプトがぼんやりと結んできていました。いちばんの軸になったのは、ネグリ=ハートの『<帝国>』という本です。読みにくいうえたいへん分厚い思想書なのでお勧めはできませんが、この中に書かれていた「権力を誰が持っているのかという、その移り変わりがヨーロッパの歴史を決めてきた」という考え方にとても強く惹かれました。中世はカトリック教会だったのが、宗教改革やルネサンスやフランス革命で人間中心に移り、揺り戻しで王政復古があって、その後民主主義に、というような流れです。

そこで私が考えたのは、村上春樹さんの「壁と卵」論。これは2009年に村上さんがイスラエルに出向き、「エルサレム賞」の受賞式でおこなったスピーチで語ったものです。

「もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私はつねに卵の側に立ちます。そう、どれほど壁が正しく、卵が間違っていたとしても、それでもなお私は卵の側に立ちます」

「ある場合には単純明快です。爆撃機や戦車やロケット弾や白燐弾や機関銃は、硬く大きな壁です。それらに潰され、焼かれ、貫かれる非武装市民は卵です。それがこのメタファーのひとつの意味です」

「我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれにとっての硬い大きな壁に直面しているのです。その壁は名前を持っています。それは『システム』と呼ばれています。そのシステムは本来は我々を護るべきはずのものです。しかしあるときにはそれが独り立ちして我々を殺し、我々に人を殺させるのです。冷たく、効率良く、そしてシステマティックに」

もともとの村上春樹文学は、1980年代ごろまでの「私は社会と関わりたくない」というような若者の空気感ととても親和性が高かったと思います。社会と自分の間に距離を置き、それはウォークマンで音楽を聴きながら、街の風景を眺めているのにも似ていました。そうして「やれやれ」とため息をつきながら、料理をしたり酒を呑んだりしていたわけです。どのようにして世界のシステムから回避し、孤独でシニカルな生き方を選びとることができるのかというのが春樹文学の基調だったのです。

ところが1990年代に入ってから、村上春樹さんの主題は大きく変わったと言われています。エルサレム賞受賞の際、イスラエルの新聞が村上さんをインタビューした記事があります。以下の日本語訳は『漂流博士』というブログからの引用です。

「僕の初期の作品では、主人公はみな孤独でしたが、時間と共に、僕の主人公たちは他人との人間関係を求めるように変わってきたと思います」

つまり「壁」からひたすら逃げようとしていた主人公は、「卵」がどう「壁」を乗り越え、他の「卵」たちと接続し、お互いに承認していくのかと考えるようになったということなのです。

この春樹文学の転換は、日本の戦後社会の変容と重なっています。戦前の農村社会から高度経済成長期の企業社会に至るまで、日本社会は一貫して同調圧力の高い内向きのコミュニティでした。しかし1990年代後半からゼロ年代にかけ、終身雇用制の衰退や非正規雇用の増加に見られるように家族的な企業文化は消え、これによって拠り所を失った人たちが接続と承認を求めるようになっていきました。

このような時代状況の中で、「卵」と「卵」はどうつながることができるのでしょうか。

壁と卵は、単純な対立構図ではありません。壁を壊せばいいというわけではないのです。壁は卵を作り、卵は壁を支える。われわれはつねに壁に荷担し、壁との共犯関係を作っている。そういう共犯関係があるということなのです。その謎を解き明かし、そして新たな卵と卵と壁の世界観を作り上げることは可能なのだろうか、というのが春樹文学のメインテーマのひとつでしょう。そしてこのテーマは、実はネグリ=ハートの<帝国>論にもつながるテーマであり、そして私の『レイヤー化する世界』の基調にもなっているのです。

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