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広島高裁「無効」判決の衝撃──総選挙やり直しの可能性も?

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昨年12月に行われた第46回衆議院議員総選挙において、有権者数が最小の高知3区に対して最大の千葉4区との格差が2.43倍にのぼる現在の選挙制度は憲法第14条における「法の下の平等」に反するとして全国で起こされていた違憲訴訟では東京・札幌・仙台・高松の各高等裁判所と名古屋高裁金沢支部が違憲判決を下し、名古屋高裁と福岡高裁が「違憲状態」を認定していましたがこれら7件の判決では違憲もしくは違憲状態を認定した過去の訴訟と同様に選挙のやり直しは求められませんでした。ところが、3月25日に広島高裁(筏津順子裁判長)が下した判決は先の選挙について明確に「違憲」を認定すると共に現憲法下では初めて、かつ戦前でも国政選挙では1例しか存在しない選挙の無効を認定しました。

 

そもそも「1票の格差」の何が問題なのか

「1票の格差」問題とは、地域の代表者を決める選挙において本来の理想たる「1人1票」の均衡が著しく崩れた状態を指します。つまり、昨年の総選挙に当てはめると最も人口が多い千葉4区の有権者が最も人口が少ない高知3区の有権者の票を1とした場合に0.4票分の価値しか無いと言う状態に置かれているのです。衆議院ではひとまず格差を2倍未満に縮小するため昨年11月の解散直前に山梨・福井・徳島・高知・佐賀の5県で小選挙区を1つ減らして選挙区を従来の300から295とし、格差を1.7倍とする区割りの改正を行いましたが新しい区割りが総務省の区割画定審議会において決定していないため、解散総選挙は従来の区割りのままで行われました(新しい区割の答申は3月28日に公表される予定)。

 

しかし、札幌高裁で3月7日に下された判決では選挙の無効にまでは踏み込まなかったものの解散直前に成立した“0増5減”案については、格差が2.3倍だった2009年の第45回総選挙を「違憲」とした2011年の最高裁判決において勧告された立法府の定数是正努力に沿うものではないと非常に手厳しい指摘がなされました。そんな中で広島高裁において下された戦後初の無効判決は、もはや立法府の怠慢に司法の我慢が限度を突破したと言う意思表示ととらえられています。

 

広島高裁が設定したタイムリミットは11月26日

今回の広島高裁判決では300小選挙区のうち、広島1区(高知3区との格差0.649倍)と2区(同0.52倍)の選挙について無効を認定しています。ただし、当選の無効については条件が付けられており、区割画定審議会が招集された昨年11月27日から1年となる今年11月26日までに選挙制度の抜本的な是正措置が取られなかった場合に無効となるとされています。従って、もしこの日までに判決が求めている選挙制度の抜本的な是正措置が取られなかった場合は広島1区で当選した岸田文雄外務大臣が解散もしくは任期満了を前に衆議院議員の資格を失う可能性も出て来たと言うことになります(民間閣僚として職務を継続することは可能)。

 

広島県選挙管理委員会が判決を不服として最高裁へ上告し、他の高裁判決と合わせて審理された場合に今回の「無効」が確定するか取り消されるかはまだわかりませんが、それでも選挙制度を含む1票の格差是正に明確なリミットが設定された意味は非常に大きいと言えます。また、最高裁が広島高裁の「無効」判断を支持した場合はその範囲が広島1・2区に限定されるのか、それとも全ての選挙区に範囲が拡大されるのかも注目点の一つと言えるでしょう。

 

「翼賛選挙」を無効とした1945年の大審院判決

今回の広島高裁判決は戦後初めて国政選挙を無効とした判決ですが、過去には1942年4月に行われた第21回衆議院議員総選挙、通称「翼賛選挙」において鹿児島2区(当時は中選挙区、定数4)の選挙が無効とされた1945年3月1日の大審院(最高裁の前身)判例が存在したことがよく知られています。

 

太平洋戦争の最中、軍国主義の最盛期とも言える時期に行われたこの選挙では結社禁止命令が下されていた一部の左派政党を除く大半の政党が自主解散して大政翼賛会を結成し、ほとんどの選挙区が大政翼賛会推薦候補と非推薦候補で争われる構図となりました。結果、翼賛候補は定数461に対して381名が当選し議席占有率81.8%の大勝となったのですが、鹿児島2区で落選した非推薦候補の冨吉栄二(戦後に社会党へ入党し、芦田内閣で逓信大臣を務めるが1954年に洞爺丸事故で遭難)は「翼賛候補を当選させるために軍や政府が違法な介入を繰り返した」として衆議院議員選挙法(1950年の公職選挙法制定に伴い廃止)第82条に基づく選挙の無効を訴えて法廷で争い、大審院で史上初の国政選挙無効判決を勝ち取りました。この判決を受けて、1945年3月20日には鹿児島2区でやり直し選挙が実施されています。

 

この裁判の争点は憲法(当時は大日本帝国憲法下)訴訟でなく、飽くまでも個別の法律に照らして「特定候補を当選させるために軍や政府が選挙に介入した行為は公正な選挙を定めた法律に違反する」と言うものであり、日本国憲法が定めた「法の下の平等」を求める「1票の格差」訴訟とは大きく異なっていますが、自由で公正な選挙を求める立場から司法に判断を求めた結果の判決と言う意味では共通している部分もあると言えるでしょう。

 

なお、この翼賛選挙では安倍首相の母方の祖父で戦後に第56代首相となる岸信介が山口2区で翼賛候補として出馬し、初当選した一方で山口1区においては安倍首相の父方の祖父・安倍寛が非推薦候補として出馬し、2回目の当選を果たしています。

 

画像:広島高等裁判所が入る広島裁判所合同庁舎

画像ソース:Wikimedia Commons(撮影者:Taisyo、CC-BY-SA 3.0)

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