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流行タームで追うIT業界

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『IT批評 0号 特集:システム×ストーリー』(2010年6月刊行)より「流行タームで追うIT業界」を転載。

流行タームで追うIT業界  懐かしいあの用語から進化を読み解く

言語は現象や状況を認識するための道具である。変化の激しいIT周辺では、次々に新たなタームが流布し消えていく。それは、新しい現象や業況がかつてなかったスピードで生まれては消えていったことの証左ともいえるだろう。

ネットサーフィン

 インターネットが普及しはじめた90年代初期、ウェブの閲覧を称して使われた言葉。

 面白そうなウェブ/ウェーブ(波)を次々にクリックして乗り換えていくさまをサーフィンにたとえている。多分に「うまいこと言った」感と流行性
が強かったために、気恥ずかしさから使わなくなった人も多い。

 しかし、ほかに適切な代替語がないために、2008年からは広辞苑にも収録され、現役で使っている人もいるほか、「ネットサーフィン(笑)」や「ネットサーフィン(死語)」といった註釈付きで使う人も少なくない。

 当時はグーグルもなく、それぞれのページに貼られたリンクを辿る「ネットサーフィン」がネットの一般的な利用法だったが、検索エンジンの発展した現在、「ググる」行為が含まれない「ネットサーフィン」はその役割を半ば終えたといえるかもしれない。

テレホーダイ

  1995年からNTTが提供している電話サービスの商品名。ADSL、光、ケーブルなど常時接続が当たり前となってしまった現在からは信じられない話だが、当時はネットにつなぐためにいちいち電話をかける必要があった(ダイヤルアップ接続)。当然、ネットを使っている間はその電話回線は使えないし、従量制の電話料金も支払う必要があった。

 テレホーダイはネット需要の高さから開発された商品で、夜23時から翌朝8時までの間に限り、あらかじめ指定した番号に対しての通話料金が定額制になるものだ。

 これによって深夜のネット利用のコストが格段に下がり、多くのネットジャンキーを生んだ。略称のテレホや、テレホタイムといった言葉が、当時の普及具合をよく表している。若者には「パケ死」と「パケット定額制」みたいなものと言えば通じる。

PDA

 Personal Digital Assistant の略。携帯情報端末ともいう。1993年に発売されたアップルのメッセージパッド(いわゆるニュートン)を嚆矢とする手の平サイズのパソコン。

 PDAの名称は当時のアップルCEOであったジョン・スカリーによるも
のといわれる。アイデアは良かったものの、技術が追いつかず、また高額だったために商業的に失敗し、アップル低迷の原因ともなった。

 1998年にニュートンが販売停止した後も、ザウルスやパームなど一部の市場は残ったが、今ひとつぱっとしないうちにノートパソコンの小型化(モバイルノート)や携帯電話の高機能化(スマートフォン)におされて消えようとしている。

「帯に短し襷に長し」と言っては悪いだろうか。元祖アップルのiPod touch などはもはやPDAと名乗ることすらやめてしまった。

ネットスケープ・ナビゲーター

 略称ネスケ。1994年にリリースされたウェブブラウザ。初のウェブブラウザともいえるモザイクの商用版がネスケであり、当時は誰もがネスケを使っていた。

 Windows95 とともにマイクロソフトがインターネット・エクスプロ
ーラー(略称IE)を開発してからは、OSと一体化したIEに徐々にシェアを奪われていく。第一次ブラウザ戦争とも呼ばれたシェア争いに敗れたネスケは、98年にAOLに買収される。一時はタイム・ワーナーまで買収して世界最大のコングロマリットとなったこのインターネット接続サービス会社は、期待に反して業績が伸び悩み、今や単なる一ネット企業である。

 買収とともにオープンソース化したネットスケープも尻すぼみに開発
が停止されたが、そこから派生したFirefox が10年後にIEの牙城を脅かして第二次ブラウザ戦争になるのだから世の中はわからない。

ポストペット

 略称ポスペ。1997年からソネットエンタテインメントが販売した電子
メールソフト。無機質で合理的な設計が多かったメールソフトに、ピンクのクマがメールを運ぶというメルヘンチックな仕掛けを持ち込み、大きな話題になった。

 表現は画期的だったが、互いにソフトをインストールしなければならないという不便さと、肝心のメール機能の使い勝手の悪さから流行にまではならず、ソーシャルメッセージングサービスに衣替えした末に、2010年にサービスを終了した。

 開発者の八谷和彦はポスペによってメディア・アーティストとして注目を浴び、近年では「風の谷のナウシカ」に出てくる一人乗り飛行機メーヴェを実際に作るというプロジェクトでも有名である。

アイボ

 1999年にソニーが発売したペットロボット。Artificial Intelligence
roBOt でAIBOという商品名になった。

 発売当初はネット限定で3000台の販売だったが、定価25万円にも関わらず開始20分で完売するほどの人気を博した。

 翌年からは通常生産となり、第31回星雲賞ノンフィクション部門を受賞するなど社会的にも話題となる。

 2005年に新たなソニーCEOとなったハワード・ストリンガーのリストラ再建策の一環で生産終了となったが、エンターテインメントロボットと
呼ばれる新たな市場を作り出し、多くの模倣品を生み出した功績は大きい。

 鉄腕アトム(アストロボーイ)以来続く、ロボット大国ジャパンのイメージを世界中に知らしめたものの、いかんせん玩具としては高額すぎた。

2000年問題

 Y2K問題、ミレニアム・バグとも呼ばれた。20世紀当時はコンピュータのプログラムにおいて西暦の年数を下二桁で表すことが当たり前だったが、そのため2000年を迎えたときにプログラム内部で1900年と混同されて誤作動が起きるのではないかといわれた問題。

 停電や、交通機能の停止、ミサイルの誤発射、通信機能の停止などが危惧された結果、1999年末に向けて世界各国のプログラマが総動員で対策に追われた。

 マスコミがさんざんに煽った結果、2000年の新年を迎えるときには鉄道も飛行機も運転を停止するなどの騒ぎになったが、予測されたような問題はほとんど起きずに終わった。

 2000年問題への対処については批判の声もあるが、IT業界は逆に特需で儲かったため、表立った批判は少ない。

フロッピーディスク

 ほんの20年ほど前まで、パソコンの携帯用記憶媒体は1・44MBの3・5インチフロッピーディスクが主流だった。

  同じ磁気ディスクでも、ハードディスクに比べて薄かったためにフロッピーと呼ばれたこの記憶媒体は、今でも多くのソフトウェアの保存ボタンのアイコンとして、ありし日の姿を留めている。

 その容量が小さかったゆえに、90年代になると600MB近く記憶できるMO(光磁気ディスク)やCD‐ROMにその座をとって代わられ、今ではGB単位のUSBメモリやDVD‐Rが主流となっている。

 また一部ではドクター中松こと中松義郎がフロッピーディスクの発明者だと言われているが、構造の一部について開発メーカーであるIBMと特許契約を交わしているだけで、メインの開発者であったわけではない。

トロン

 1982年に作られたディズニーのSF映画、ではなく、1984年に東京大学の坂村健教授によって提唱された、コンピュータ・アーキテクチャ再構築プロジェクトの名称。

 The Real-time Operating system Nucleus でTron と名づけられた。

 トロンプロジェクトによって策定されたOSは、安定性に優れ、現在は携帯電話や自動券売機などに搭載され、組込型コンピュータの基本ソフトとして、市場占有率で世界一を誇っている。

 80年代、パソコン用のOSとしてトロンを開発し、学校で使う教育用パソコンに導入しようという動きがあったが、アメリカ政府がトロンに対しスーパー301条を適用しようとしたため、政財界の協力が得られず実らなかった。

 当時トロンが完成していれば、国産OSが日本のパソコン市場を占拠していたと悔し紛れに語られるが、携帯電話の現状を見るに、ガラパゴス化といわれるような事態にならなかったとも限らないだろう。

ITなう

 犬の一生は人間の7倍の速さで過ぎる。生後1年の子犬は、人間でいえば7歳。2年で14歳。10年も生きればもう老犬だ。IT業界の進歩もまた、他の業界に比べると非常に速い。それを犬にたとえて「ドッグイヤー」と表現したのは90年代のことだが、すでに死語になりつつある。

 ドッグイヤーよりもさらに加速した「マウスイヤー」という言葉も登場し
たが、二番煎じの宿命か、さほど人口に膾炙する暇もないうちに廃れてしまった。IT業界の変化はさらに速くなっている。

 パソコン(パーソナル・コンピュータ)は、かつてマイコン(マイクロ・コンピュータ)と呼ばれていた。マイクロプロセッサを使用したコンピュータという意味では、現在のパソコン(PC)となんら区別はない。違いはハードウェアそのものではなく、使う人のなかに存在する。それまでのものとは違うんだよ、と新しさを主張するときに言葉が生まれ、新語が受け入れられて定着したときに死語が生まれる。

「ネットサーフィン」が古くなって、「ググる」がより新しく時代にあったものとして使われるようになったのは当然の推移だったが、「ググる」だっていつまで言葉としてとどまれるかはわからない。検索エンジン文化が衰退すれば、いや、そもそもネットだって今と同じままとは限らないのだ。音声入力が一般的になった時代に、キーボードは残るだろうか。そもそもキーボードとはピアノの鍵盤を指す言葉ではなかっただろうか。

 変化の激しい業界で働くのは容易なことではない。常に新しい情報をキャッチアップし、古くなった知識と入れ替えていかねばならない。ふと振り返れば、そこには累々たる死語があふれている。だが、それは自分の生きてきた足跡でもあるのだ。
 ポケベルがあって、PHS(ピッチ)があって、デジタルホンに、IDOに、ツーカーに、DDIポケットがあった。J‐PHONEがボーダフォンに代わって、今の学生はiPhone のソフトバンクモバイルしか知らない。iPhone やiPod touch を指してPDAと言ってみても嫌味な薀蓄と受け取られるのが関の山だ。

 だが、死語だってかつては確かに生きていたのだ。たまには思い出して供養してやるのが、今を生きるものの務めではないだろうか、なう。

※『IT批評 0号 特集:システム×ストーリー』(2010年6月刊行)より「流行タームで追うIT業界」を転載。
『IT批評』
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ITの進化を探り、ビジネスの進化を図る

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