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起業なんてただの選択肢

政治・経済・社会
起業なんてただの選択肢

今回は山崎徳之さんのブログ『Nothing is impossible』からご寄稿いただきました。

起業なんてただの選択肢

友人が私のことをブログに書いて*1 それを教えてくれないというプレイをしていました。

*1:「ある会社のこと」2012年11月14日『bootuoAsia』
http://bootup.asia/archives/2681

そこに「俺は起業なんかしたくなかった。生きるためだよ。わかるか」と私が言ったことが書いてありますがこれは本当です。
言い回しまでは覚えていません。

そもそも新卒でとあるIT商社にエンジニアとして採用されてなぜか「君は絶対営業向きだ」と社長に説得されて営業に配属されたのがキャリアのスタートでした。
社長の慧眼通りなのか、2年目で年間販売5億円くらい達成しました。
でもやっぱりエンジニアになりたくて、アスキー→So-net→オン・ザ・エッヂと渡り歩きました。
オン・ザ・エッヂでは2年目に取締役になり、まる2年ほど常勤取締役をつとめました。
その後非常勤となり、オン・ザ・エッヂがライブドアになり六本木ヒルズに移転するのと機を同じくして私は渡米してRedSIPという会社をカリフォルニアのベイエリアに創業し、VoIP事業をスタートさせました。
ところがライブドアショックと呼ばれる事件が起こり、私も非常勤とはいえ取締役で、かつ残った取締役は私ともう一人だけでした。
常勤取締役が皆いなくなり、事態の収集を図るためと臨時株主総会を開いて次期経営陣を取締役に選任するために代表取締役に就任しました。
つまり就任した時点で数ヶ月後の退任はわかっていたのです。
退任のときに古舘伊知郎さんに「こんなに早く退任するならなんで就任したんでしょうか」的なことを言われましたが、いずれこのあたりのことは機を改めて書いてみます。

それはさておき、ライブドア代表に就任するためRedSIPは畳んでしまったし、かといってあの当時の状況でのこのこと楽天とかサイバーエージェントに就職活動に行くわけにもいかず、そうなるともはや起業するしか選択肢がなかったというのが本音です。
ライブドアの常勤取締役を2年つとめていたとはいえ、ライブドアの取締役会は完全分業制で私は技術担当役員であったため、特に経営者の知り合いもあまりいなく、RedSIPはVoIPをテクノロジーとして追求するための会社だったため黒字ではありましたがスモールスタートアップであり、トップとしての事業経営の経験やノウハウはあまりなかったというのが正直なところです。
そして自分を冷静に評価してみたとき、0→1タイプではなく1→100タイプであり、なにかのビジョンの元にそれを実行するほうが得意、いわゆるイネーブラータイプだとも自覚していました。
とはいえ、しかしながら、当時はそれでも起業するしか生きる道はなかったのです。
生きるとは「やりがいをもつ人生を送る」とかそういうことではなくて、純粋にお金を稼いで生活費を得るという単純な意味の「生きる」です。
よく「さぞたくさんお金をもっているでしょう」的なことを言われましたが、オン・ザ・エッヂに入社したのはIPO後であり、ストック・オプションなどで若干のキャッシュは手にしましたがRedSIPの設立と渡米、そして離婚などで当時手元にはおそらく年齢相応以下の預金があるだけでした。

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