選挙中だからこそ「公選法のダメさ」を考えよう(ジャーナリスト出井康博)

選挙中だからこそ「公選法のダメさ」を考えよう(ジャーナリスト出井康博)

総選挙が公示された12月4日午前10時半――。 近畿地方に選挙区がある民主党候補者の事務所では、60―70代の女性ボランティア4人が机に向かっていた。選挙で使うビラに「証紙」を貼る作業をしているのだ。 「小さな字やなあ。何が書いてあるか見えへんで」 そんな軽口を叩きながら、細かい字が並ぶ切手サイズの証紙をビラの隅に貼り付けていく。机には包装されたビラの束が積んである。証紙が貼っていないビラを配ることは、公職選挙法で許されていない。事前に準備しておけばよさそうだが、選挙管理委員会から証紙が渡されるのは公示日になってからだ。 公示日の朝、選挙事務所は多忙を極める。証紙貼りの他にも、ボランティアが頼みの作業は多い。公営掲示板へのポスター貼りも重要な作業のひとつだ。掲示板の数は選挙区によっては2000以上に及び、数十人のボランティアが必要となる。また、街中に貼ってある候補者のポスターも選挙用に貼り替えなくてはならない。やはり、公職選挙法でそう定めているのだ。

「無意味かつ無駄」な規定

証紙貼りを始めて1時間が経過した11時20分。4人のボランティアで証紙を貼り終えたビラは2000枚に達した。だが、先は長い。同法が上限に定めるビラの数は11万枚(個人ビラ7万枚と政党ビラ4万枚)に及ぶ。当然、証紙貼りは1日では終わらず、選挙戦の終盤まで続くことになるだろう。 「ボランティア選挙」を実践しろ、と言うのは簡単だ。しかし、普通のサラリーマンが、平日に仕事を休んでボランティアに駆けつけるのは難しい。学生が集まっているような都会でもなければ、時間に余裕のある高齢者に頼りがちになってしまう。手っ取り早く人を集めようとして、建設業者や労働組合などの組織力にすがる政治家も少なくない。選挙で生まれるこうした関係も、政治が高齢者寄りになったり、また特定組織とのしがらみが生まれる大きな原因だ。 筆者は前回2009年の総選挙前、2人の民主党候補に1年間密着して国会議員が生み出されていく過程を追い、「民主党代議士の作られ方」(新潮新書)にまとめた。その取材を通じて痛感した問題のひとつが、公職選挙法の弊害だった。 1950(昭和25)年に制定された同法は、有権者への買収といった不正行為の禁止をはじめ、候補者の資金力が選挙運動に影響しないよう様々な規制を設けている。その趣旨はわかるが、現代では無意味かつ無駄としか思えない規定も多い。たとえば「証紙」について言えば、機械を使った貼り付けや事前の印刷が許されれば、手間が大きく省ける。そのぶん、貴重なボランティアには他の作業を任せられるのだ。

「みんなの党」以外は知らん顔

選挙では、政党が掲げるマニフェストに加え、候補者個人の資質まで見極めて投票できれば理想だろう。とりわけ選挙前の期間は、有権者が候補者の政策や人物像についてより深く理解するためにあるべきはずだ。本来、法律でもそのように後押しすべきなのだが、実際にはそうなってはいない。公職選挙法の存在が、逆に候補者について知る機会を妨げている面すらあるのだ。 象徴的なのが、インターネットを使った選挙運動の問題だ。今回の選挙でも、選挙期間中、候補者によるホームページやブログの更新は許されていない。平等で、金のかからない選挙運動の実践という意味でも、インターネットは最適のツールであるはずなのに、だ。 なぜ、「ビラ」は許され、「インターネット」はダメなのか。しかも、ネットを使った運動には「抜け道」もある。政党による広告であれば、公示日を過ぎた現在でも堂々と大手サイトに載っている。これではまさにダブルスタンダードである。 今年6月には、みんなの党がネットによる選挙運動の解禁を目指し、公職選挙法の改正案を参議院に提出した。しかし、2010年の自民党による改正案提出時と同じく、成立には至らなかった。民主党を含め各党に「改革派」は存在するが、依然として永田町では少数派なのだ。

「見栄えのする候補たち」の末路

その一方で、選挙運動の細部に至るまで規定を設け、候補者陣営には多大な労力を強いる。ビラやポスターに証紙が貼ってあるかどうかなど、有権者にとってはどうでもいいことだ。 候補者を見極めようとしても、短時間の街頭演説を聞いたところで、政治家としての能力や人間性まで見極めることなど不可能だ。また、配布されるビラには、マニフェストの文言か、本人の経歴や宣伝程度しか載っていない。その結果、テレビなどを通じて流布される政党や党首への「イメージ」が、有権者の投票行動を大きく左右することになる。 そうした事情を政党の側もわかっているため、安易に公認候補を決めがちだ。地味でも社会人として実績を積んでいるような人よりも、「有名人」や「女性」「イケメン」といった見栄えのする人が選ばれるのである。そして街頭演説などでは、有権者にウケそうな看板政策や、「日本を変えます!」調の抽象的な言葉だけが繰り返される。そんな候補者が政党に吹く“風”に乗って国政へと進出したところで、有権者が望む仕事が果たしてできるのか。「チルドレン」や「ガールズ」と呼ばれた候補者たちの末路を見れば、自ずと結論は明らかだ。

「選挙のあり方」を変えるための提案

選挙のあり方を変えなければ、いくら選挙を繰り返したところで政治は良くならない――。それがこれまで選挙の現場を取材してきた実感だ。 3年近く前に出版した拙著の末尾で、筆者は幾つかの提案を記した。その中から、公職選挙法に関する提案を再度、ここで記してみたい。
○「選挙期間」の定義を見直す。
公職選挙法は、配布するビラの数からウグイス嬢に支払う報酬額まで定めている。また、街頭演説やビラ配りの際には、選挙管理委員会から支給される「標旗」を必ず持参するといったことまで書かれている。 しかし、様々な規定があるのも、あくまで「選挙期間」に限った話だ。衆院選の場合、選挙期間はわずか12日に過ぎないが、実際の選挙は、その前から「事前運動」として始まっている。12日間だけ規制したところで大した意味はない。 公職選挙法には、形骸化している規則も少なくない。例えば、有権者への戸別訪問は選挙期間以外でも禁止されているが、「後援会活動」という名目で普通に行なわれているのが実態だ。 まず、「12日間」という選挙期間の枠を取り払う。その上で、インターネットを使った活動をはじめ、候補者に許される活動範囲を規定し直すべきだ。
○選挙前の1カ月間、繰り返し討論会を実施する。
同じ選挙区の全候補者がキャラバンを組んで移動し、朝・昼・晩と討論会を開いていく。そして会場では、有権者との質疑応答の時間も用意する。そうした討論会を連日開催すれば、各党のマニフェストを比較できるばかりか、有権者は候補者の説明能力や人間性までも、ある程度は見極められる。公務に追われる現職議員がいれば、代理で秘書が出席すればいい。いくら所属政党に追い風が吹いていようとも、候補者に実力がなければ淘汰されていくだろう。有権者にとっても、国政がより身近になるはずだ。 何より討論会は、候補者の側にも金がかからず、知名度が低い候補者にも劣勢を挽回する機会が与えられる。真の「マニフェスト選挙」を実現するためにも、是非とも討論会の連日開催を求めたい。
○ポスターや街宣車は廃止する。
選挙期間以外でも、国会議員や候補者のポスターは普段から街中で見かける。そのポスターを貼るための場所探しは、地元秘書にとっては最も重要な仕事のひとつだ。 現職議員であれば、税金で雇った公設秘書が担当するケースも少なくない。秘書の仕事内容は議員に任されているとはいえ、ポスター貼りに秘書を使うなど税金の無駄遣いも甚だしい。街角に溢れるポスターは、景観上も好ましいものではない。ポスターを貼るのは、公営掲示板だけに制限すべきである。 ポスター同様、街宣車の必要性も乏しい。短時間で通り過ぎていく街宣車から、じっくりと政策を訴えることは不可能だ。政党名や候補者本人の名前を連呼し、有権者に手を振る程度しかできない。そんな街宣車のレンタルや、運転手を雇う費用にも税金が使われている。政策で争う選挙を目指すのであれば、ポスターや街宣車はいっそ廃止すべきではないだろうか。

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出井康博 Yasuhiro Idei
ジャーナリスト

1965年岡山県生れ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『THE NIKKEI WEEKLY』記者を経てフリージャーナリストに。月刊誌、週刊誌などで旺盛な執筆活動を行なう。主著に、政界の一大勢力となったグループの本質に迫った『松下政経塾とは何か』(新潮新書)、『年金夫婦の海外移住』(小学館)、『黒人に最も愛され、FBIに最も恐れられた日本人』(講談社+α文庫)、本誌連載に大幅加筆した『長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う』(新潮社)、『民主党代議士の作られ方』(新潮新書)がある。最新刊は『襤褸(らんる)の旗 松下政経塾の研究』(飛鳥新社)。



※この記事は国際情報サイト『Foresight』より転載させていただいたものです。 http://fsight.jp/ [リンク]


※写真:筆者撮影

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