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【書評】ダメ人間の働き方 大槻ケンヂ 『サブカルで食う』

【書評】ダメ人間の働き方 大槻ケンヂ 『サブカルで食う』

格差が広がっていく一方のような今の世の中では、自分も勝つ側のチームに入らなきゃ終わりだ、と思っているのか、最近就活で失敗すると絶望してしまう若者が増えている、ということを聞きます。そのまま自宅にひきこもってしまい、自分をダメ人間などと否定し、ネットで勝間和代氏を「鼻の穴」などと揶揄し、アマゾンレビューに最低点を付け、溜飲を下げる日々。何だか昔の自分のことを言っているようです。

一流企業の正社員になることが、この社会においてはある意味正解なのかもしれませんが、企業社会からダメ人間と言われたとしても、別にあなた自身が本当にダメ人間だと決定した、というわけでもないし、じゃあダメ人間としてでも生きていけばいいのではないのかな、と思うのです。羞恥心なんか捨てて、そのダメな自分と向き合って生きていけばいいじゃないかと。

ただ、それならブラック企業などで、ただ真面目に働けばいいのか、というと、そういう単純なことではありません。僕もそういう場所で働いていたのですが、懲役四十年というか、うつ病になるな、というほうがおかしいような、オレはドレイか、ドレイなのか、という状況で、うつ病の薬や、お酒や、タバコや、風俗なんかで自分を誤魔化しながら、ただ存在しているだけの、続いていくだけの毎日を過ごす……そういう人生も辛いのではないか、と思うのですよ。

そこで薦めたいのが、大槻ケンヂ『サブカルで食う』という本なんです。
『サブカルで食う』という題名だけ聞くと、「バックパッカーで世界を旅して自分を知ろう」とか、「自由な存在のまま、夢を追い求めて成功しよう」とかいった、定職にもつかず、いつまでたっても未成熟なままでいる人間の、頭の中がお花畑な自分探し系の本の一種だと勘違いしてしまいそうですが、これはそんな本ではないんです。
著者、大槻ケンヂがボーカルをつとめる、筋肉少女帯の『踊るダメ人間』という曲に、
「こ、の、世、を、燃やしたって、いちばんダメな自分は残るぜ」
という歌詞があるのですが、じゃあそんなダメ人間がどう生きていくのか、ということが、かなり真摯に書かれた本だと、とりあえずは言えるのかもしれません。内容や文章そのものは、まったくそんな堅苦しい感じではないんですけど。
つまり、ありもしないものを、どこか別の場所で探したりするのではなく、いかにダメな、いまここにいる自分と向き合って、これなら自分は苦しくない、何とか他人とつながることができる、というもの(仕事)を見つけ、それで飯を食って働いていくか、ということが書いてある本なんです。
あるいはサブカルにはまったり、ひきこもったりするオタク的な人間に特に顕著に見られる、“臆病な自尊心と尊大な羞恥心”みたいな問題。つまりダメ人間が社会で働くうえでのいちばんの敵である、己の自意識の問題と、そういう自分をどう他人に向けてアウトプットしていくかということ。

はじめから最後までずっと、それをただ語っているだけ、ともいえるのですが、しかしそれを、大槻ケンヂは実際にどうしていったか、というのが、それが大槻ケンヂ一代記として面白いと同時に、ひとつのモデルケースとしてもとても素晴らしいものになっています。
個々としては、「プロのお客さんにはなるな」「自由ということの不自由さ」というところに書かれていることは、必読だというほどにオススメです。また第四章の、「人気というもの」では、人気者にもなり、そして浮き沈みも経験した、大槻ケンヂのような人でなければ書けない、人間というものの本性への、ある鋭い認識が書かれていて、現実社会を生きるうえにおいても、ネット社会を生きるうえにおいても、「人間とは基本的には悪であると思えばラク」と彼は書いているのですが、多くの人にとって、一つの指針となるべきものが書かれているのではないかと思います。

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