「あなたはもう特別な人じゃないからその他大勢のひとりにカウントしてあげるわ」カルイ女だった元カノのサプライズ出家に動揺!? ~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~
人知れずネチネチ!陰湿な源氏の妻イビリ
正妻・女三宮の懐妊の原因は不倫でした。証拠の手紙を見つけた源氏は宮が疎ましくてなりませんが、妊娠した正妻を放っておくこともできない。見舞いに行き、大掛かりな安産祈願をさせ、あれこれ気配りをします。その様子は、前よりも宮を大切にしているように見えました。
当の宮は、まるでしょっぴかれてきた罪人のように縮み上がって、源氏の一挙手一投足にビクビク。源氏は源氏で「手紙を見たとはっきり言ったわけでもないのに」と、余計にイラつきます。こんな人だから不祥事も起こるのだろうと、舌打ちしたい気持ちでいっぱいです。
女房たちのいる前では優しい源氏も、2人きりになると態度が一変。冷酷な当てこすり、嫌味、あらゆる陰湿なやり方で彼女をイビリます。一緒に帳台に入っても「もうあなたは抱けない」とばかりに源氏は背を向けてしまい、夫婦のことはもうありません。
源氏のイビリに宮はジワジワと削られていきます。あんなに無邪気で可愛かった人が、今は見る影もなく怯えている様子が痛々しい。そうなると今度は可愛そうな気持ちもおこり、源氏は憎悪と憐れみの間で揺れ動きます。
外面をキープしながら、裏で陰湿な嫌がらせを周到にやるのは源氏の得意技。今で言うならモラハラ男です。以前、秋好中宮や玉鬘に良い父親面をしながらセクハラしていたのと同様の構図ですが、今回は対象が妊娠中の正妻に変わっています。
いかに宮に過失があるとは言え、なんだかDVの現場に居合わせているようでいたたまれません。いじめておきながらある所では急にかわいそうになり、優しくしたかと思えばまたイビリ……を繰り返す源氏。もう光どころか闇源氏です。
子育て失敗?妻の不倫に広がる心配
宮の情けない様子をみるにつけ、源氏は男女関係の全てが不安に思えてきました。
まずは年頃の近い実の娘の明石の女御(ちい姫)。「あの子に柏木みたいな男が寄り付いてきたらさぞ厄介だろう。情熱にうっかり流されてしまうかもしれない。おっとりした優しい子だから」。清く優しく美しくをモットーに育てた愛娘ですが、今となっては失敗したかなぁとも思います。世間知らずでおっとりしているのも良し悪しです。
また、かつて自分のセクハラをうまいことやりすごした玉鬘については、その機知に富んだ対応を改めて称賛。
「田舎暮らしで大した教育も受けていなかっただろうに、私のちょっかいを柔軟に受け流し、髭黒が無理やり押しかけてきた時も自分には過失がなかったことを世の中に認めさせた。本当にしっかりしていた」。いやいや、苦労したからこそ賢さが身についたのでは?
そしてヨリを戻した朧月夜に対しても、この一件から「カルい女はやっぱりちょっと」という気持ちになり、冷却期間を置いていました。自分で勝手に押しかけといて、今度はもういいや、とはまた都合のいい話です。
しかし朧月夜の方は、ぼんやり源氏を待っていたわけではありませんでした。かねてから少しずつ準備していた出家をついに決行し、尼になったのです。これはまったくのサプライズでした。
「既にあなたはワンオブゼムよ」恋人の突然の出家
朧月夜が自分に黙って出家したことに、さすがの源氏もショックを受け、すぐに手紙を書きました。
「私にも言わずに出家してしまうなんて。どうして他人事と思えましょう。私が須磨にさすらったのは、他でもなくあなたのためだったのに。私も出家したいのは山々、あなたに先を越されて残念ですが、日々の回向の際にはまず一番に私のことを思って下さいますね」。
源氏の長い長い手紙を、朧月夜もしみじみと読みました。言えば止められるだろうと思って黙って出家したのですが、若い頃からの付き合いを思うと色々な思い出が蘇ってきます。でも尼となった今、源氏と交わす恋文もこれが最後。彼女はとりわけ心をこめた、抜群のセンスの返事を返します。
「本当に、明石の浦に海人(=尼)としてさすらわれたあなたが、どうして私に遅れを取られたのでしょうね。回向は一切衆生のために行うもの。その中のお一人に、もちろんあなたもお入れいたしますよ」。
回向とは、積み重ねた修行の結果が他人に巡ることを指します。「自分のことを一番に」言う源氏に対し、私はあまねくすべての人のために祈るのであって、既にあなたは私の特別な人じゃない、その他大勢のワンオブゼムとしてカウントしてあげるわ、と応じた鮮やかさ。すでに朧月夜は、個人の思惑や世間のしがらみを離れた、僧侶としての境地を語っているのです。カルイ女だとか何だとか思っていた源氏は、このお返しも痛恨でした。
二条院にいる時だったので「もう終わった関係だし、隠すこともない」と、源氏はこの内容を紫の上にも見せます。
「まったく鋭いお返しだ。ついにこの人にまで見捨てられた。多くの女性を見てきたが、長い付き合いの人でね。趣味もよく、優しく、素敵な人だった。
今となっては四季折々の趣や、人生を語り合える人は、この人と朝顔の宮だけになっていたというのに。あちらはあちらで勤行に明け暮れているようで、ますます残念な限りだよ」。”いといたくこそ恥づかしめられたれ。げに、心づきなしや。”と原文では言っていますが、もういかにも「してやられた!」という感じがよく出ています。女性にフラれる・捨てられるのが大嫌いな源氏、ここで久々の負け惜しみです。
宮の過失が頭から離れない源氏は、ついつい話が女子教育の方に向いていきます。「本当に女の子を育てるのは難しい。人生は教育だけではコントロール出来ないからね。若い頃は女御(ちい姫)ひとりだけで寂しく思ったものだが、こうなってくるとかえって悩みが少なくていいのかもしれない。
孫の女一の宮を、どうか心して教育してあげて下さい。女御はお若い上に忙しくて、教育どころではないだろう。皇女たるもの、一生独身を貫くケースも多い。うっかり不祥事などを起こさないように、しっかりした考えを身に着けなければ」。
「頼りない祖母ですけど、生きているうちはできる限りのことはしてあげたいと思っております。でもそれもいつまでできるかしら」。
紫の上はそう言って、尼となった朧月夜に袈裟や法衣、敷物や屏風など、身の回りのものを見立てます。あまり辛気臭いものでなく、華やかな朧月夜に似合いそうなものをという源氏のオーダー。元気になった紫の上は、再びこんな仕事もできるようになっていました。
それでも彼女は内心、ここできっぱりと出家した朧月夜が羨ましくてなりません。確かにべったり一緒の生活では、密かに出家の準備をして決行、というのはどうやっても無理です。
兄・朱雀院の寵妃でありながら、源氏との関係を続け、それが互いの大きな転落のきっかけとなった朧月夜。ブランクはあるものの、源氏にとってはスリルと背徳感を共有してくれる悪友とでも言うべき女性でした。
登場する多くの女性が世間体や結婚に縛られて苦しむ中で、最後まで自分にのみ忠実だった朧月夜。大女優の恋多き人生を見るような、安定を捨てた破天荒な人生ぶりは常にドラマでしたし、この引き際も実にさっぱりしていてかっこいいです。
鮮烈な印象を残した彼女が去ったのを皮切りに、源氏の周りからは少しずつヒロインたちが姿を消し始めます。季節は夏から秋へと移り、源氏の人生もまた終焉に向かいつつありました。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
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