「あまりにも理想的な人は長生きしない」朝から晩まで猛特訓! 女性だけの弦楽四重奏の後に夫が感じた暗い不安 ~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~

恥をかいたら大変だ!朝から晩までの猛特訓開始

一気に歳月が流れた物語の世界で、源氏の兄・朱雀院も、来年50歳を迎えることになりました。当時で言えば結構長生きです。「私の寿命もあとどれくらいかわからない。この世に未練はないが、ぜひ女三の宮だけには会いたいなあ。大げさでなくていいから、会いに来てほしいよ」。

源氏は、せっかく会いに行くのに手ぶらではつまらないと、芸術方面に明るい兄が喜びそうな催しを企画します。早速、夕霧や髭黒の子たちを集めたお遊戯や、優秀な楽師による演奏の準備が始まりました。

朱雀院はこれをたいそう喜んで、更に「そういえば、宮の琴(きん)は上達したかな。子供の頃に私がいくらか教えたが、あの光源氏と結婚したのだから、きっととても上手になっているだろう。来てくれた折には一曲お願いしたいものだ」。

ところが、予想に反し宮の腕前はサッパリ。源氏もこれまで時々教えては来たものの、とても人前で披露できるようなレベルには達していません。

「恥をかいたら大変だ」と、源氏は慌てて楽譜を選び、特訓を開始しました。昼間は人の出入りが多いので、夜間の集中練習です。

もう年の瀬の慌ただしい時期。お正月の準備でバタバタしている紫の上もこれを了承し、「上達されたら是非ゆっくり聞かせて下さい」。OKをもらった源氏先生のレッスンは加熱し、夜のみならず、一日中練習に明け暮れる日々が続きました。

「よく頑張りました!」先生の太鼓判にニコニコ

琴(きん)は、奈良時代に日本に入ってきた楽器です。が、すでに平安時代には廃れていたらしく、物語中では源氏や女三の宮、末摘花など、皇族の血を引くごく少数の人物のみが演奏します。親しみやすいが極めるのが難しいのが和琴なら、琴は古に伝わる選ばれし者の楽器、という感じでしょうか。

世にも珍しい父の琴の演奏が聞けると聞いて、明石の女御はおめでたを理由に里帰り。宮の裏手の寝殿の部屋で、源氏の琴を聞いては「私にも教えてくださったら良かったのに」と悔しがっています。彼女はともかく、紫の上は宮といとこ同士なので、教えてもらっても良さそうなものですが……。

ほどなく年が明け、源氏47歳の年。朱雀院の50歳のお祝いの日時も決まり、その前にリハーサルとして、六条院の女性方とセッションしてみよう、ということになります。

紫の上がいつもあなたの演奏を聞きたがっているし、うちには楽才のある人が集まっているからぜひ女楽をやってみたい。あなたも古き良き時代の音色に近い演奏が出来るようになってきた。よく頑張りましたね」。

太鼓判を押されて、宮は嬉しくて「私、上手になったんだわ」とニコニコ。「何にも考えてない」と今までディスられてばかりでしたが、今回は逆にその素直さが功を奏したのかも。結構集中力もありそうですし、やればできる子です。

女三の宮も、もう21~2歳ですが、性格も見た目も相変わらず幼く、大人のレディには程遠い。源氏だからこそなんとかフォローして取り繕っているものの、周りの女房たちの不安や心配も改善されないままでした。

全員ドキドキ!女性だけの弦楽四重奏

お正月が一段落し、梅の花も盛りになった夕べ、ついに女性だけの弦楽四重奏アンサンブル(女楽)が開催。紫の上が和琴、女三の宮が琴(きん)、明石の女御が箏(そう)、明石の上は琵琶を担当します。

この華やかなイベントに参加を希望した女房は多かったのですが、源氏は音楽に見識の深い、大人の女房だけに参加を許可。以前、冷泉帝が行った絵合わせと同様です。また、各女性のお供の童女たちがそれぞれ、趣向を凝らしたおそろいの衣装を身につけてコンパニオンを務める点も似ています。

リハーサルとは言え、演奏前に高まる緊張。奏者の緊張はもちろん、明石の上以外の師匠である源氏も「女御は宮中で合奏をやりなれているから大丈夫だろうが、全員の息が合うだろうか? 特に和琴はアドリブも多いし、上手く調和するか心配だ。夕霧の前でみっともない演奏はできない」と気をもんでいます。

一方、夕霧はとにかくオシャレに気を使い、気合の入った衣装にお香のいい匂いをプンプンさせながら登場。「今日は御前演奏会より緊張するな」とドキドキです。父の妻たち……特に憧れの紫の上の間近に、堂々と出られる機会ですからね。

源氏は「調律がてら一曲」と夕霧に頼み、「いえいえ、僕は皆様に混じって演奏できるような腕前では」と謙遜しますが、結局自分の長男と、玉鬘の上の子の笛に合わせて前座を務めます。

音合わせが済み、いよいよ4人の合奏です。夕霧の印象に残ったのはやはり和琴。紫の上の爪音は柔らかく優しいのですが、時折華やかな音がサッと入り、そこが新鮮です。名人にも劣らぬ技術と、彼女の個性を感じさせる独創的な演奏に、源氏も驚きと、納得の表情を隠せません。

箏は繊細で美しく、琵琶は神がかった澄んだ音色を響かせます。肝心の宮は、安定した演奏ぶりです。まだまだ上達途中な所は感じられますが、他の楽器ともよく合って、上々の出来栄えです。

源氏は最近公の場に出ないので「どうかね、この演奏は宮中のものに劣っているだろうか」と夕霧に尋ねます。「とんでもない。上から目線のようですが、皆様本当にお見事でした。正直、身内の集まりと少し軽く構えていたのですが、そのせいか一層素晴らしく感じました」。

更に夕霧は「特に和琴は太政大臣(頭の中将)の演奏が最高だと思っていましたが……今日の和琴は格別でした。なかなか上達するのが難しい楽器ですのに、大変お見事です」と、紫の上を大絶賛。

源氏は鼻高々で「それほどでもないと思うがね。まあどこに出しても恥ずかしくない内容のようだから、3人の師匠として、私も面目躍如だよ。琵琶(明石の上)に関しては、私はどうこういえないが、明石で聞いたよりも一層上達なさったようだ」。

みんな俺が育てたと、久しぶりのドヤ顔に、女房たちは「いい結果は何でもご自分が独り占めね」と失笑です。

妻を誘ってみるも……我が家の所帯じみた現実

その後は源氏や夕霧も歌を歌って合奏に参加し、場は大いに盛り上がります。すっかり深夜になって、笛を担当した子どもたちはさすがに眠そうです。「早めに切り上げるつもりがついつい遅くなってしまった。可愛そうなことをしたね」。今夜はこれにてお開きです。

夕霧は子どもたちと一緒に帰宅しながら、やはり紫の上の演奏が耳に残って「あの頃よりもずっと美しくなられただろうな。スケベ心からではなく、ただ家族としてお慕いしているとお伝えできたら嬉しいのに」とモヤモヤ。

早速、妻の雲居雁に「たまには一緒に演奏しないか」と言ってみますが、「お祖母さま(大宮)に少し習ったけど、中途半端にしか弾けないから嫌よ」。結婚後、彼女は休む暇なく妊娠出産を繰り返しているので、とにかく子供の世話に忙しく、のんびり琴なんて引いてる暇はどこにもないよという感じです。

大らかで可愛いけど、時々は藤典侍に嫉妬したりもする妻・雲居雁。憧れの紫の上とは違いすぎるものの、夕霧はこんな妻が好きでした。ただ、あまりにも雅な世界に酔いしれたあと、一気に所帯じみた現実に引き戻された夫の本音。生々しい夫婦の姿です。

「完全な人は長生きしない」夫が感じた暗い不安

六条院では、源氏が先に部屋に戻り、紫の上は宮と少し会場に居残って、時間をずらして部屋に引き上げてきました。源氏は「宮の琴はどうだった。上手になったでしょう」「本当に。初めの頃少し聞かせていただいたときは、まだちょっとと思いましたが。何より熱心な先生のおかげですわね」。

「まったくだ。こっちは手取り足取り教えたんだからね。それにしても、あなたの和琴は実に素晴らしかった。夕霧が褒めちぎってくれたのが嬉しくてたまらなかったよ。あなたが小さい頃は私も忙しくて、そんなにゆっくり教えてあげられなかったのに、いつの間にあんな演奏を覚えたんだね」。

満開の桜のように美しく、あらゆる面で才能に溢れ、孫たちをはじめすべての人に愛情深い紫の上。あまりにも理想的な妻を前に、源氏はふと暗い不安を覚えます。「あまりにも完全な人は長生きしないと言うが……」。しかも紫の上は今年37歳。女の大厄で、あの藤壺の宮の逝年と同じです。

源氏は紫の上に無理をせず、よくよく祈祷なども行うようにと注意しながら、不思議に昔語りを始めます。何気なく始めた過去への追憶が、更なる闇をもたらすとも知らず……。

簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/

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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

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