体験を伝える―『ガジェット通信』の考え方

面白いものを探しにいこう 本物を体験し体感しよう 会いたい人に会いに行こう 見たことのないものを見に行こう そしてそれをやわらかくみんなに伝えよう [→ガジェ通についてもっと詳しく] [→ガジェット通信フロアについて]

両腕のないピアニスト兼ギタリストがブラジルから初来日! 音楽への思いなど語るインタビュー

両腕のないピアニスト兼ギタリストがブラジルから初来日! 音楽への思いなど語るインタビュー

 日本財団パラリンピックサポートセンターが、2017年11月15日に両国国技館で開催するスポーツと音楽の祭典【ParaFes 2017~UNLOCK YOURSELF~】。この祭典へ出演するために初来日した、両腕のないブラジル人ピアニスト兼ギタリストのジョナタ・バストス(Johnatha Bastos)のインタビューが到着した。

ジョナタ・バストス インタビュー画像(全3枚)

 ジョナタ・バストスは、昨年英テレビ局が公開し、これまでにYoutubeで800万回以上再生され日本でも大きな話題となった、リオパラリンピックのCM「We’re The Superhumans」に出演、そして【リオ2016パラリンピック大会】の閉会式でもパフォーマンスを披露した。

 インタビューでは、ブラジル出身のジョナタが、初めて日本へ訪れた感想や彼の音楽への思い、出演する【ParaFes 2017~UNLOCK YOURSELF~】への意気込みを語っている。

◎ジョナタ・バストス-インタビュー

―【ParaFes 2017~UNLOCK YOURSELF~】にご出演が決まり、今回初めて日本に来ていかがですか。
皆さんがとてもウェルカムで、大好きですね。昨日はテレビの収録があり、その後にも出かけました。11月8日に日本着いてからも、すぐにご飯に行きました。寿司や刺し身はもちろん、煮物など日本人の普段の食事も味付けがしっかりしていてすごく美味しかったです。自分にとっては全てが新しい文化で、今回体験できて本当によかったと思います。

―楽しんで頂けて嬉しいです。ジョナタさんはもともと日本にご興味があったのでしょうか。
そうですね、自分の中で日本人は規律正しく、困難があっても物事を継続する力があるというイメージがあり、実際に日本に来て本当にそうだな、と実感しました。日本人のクリエイティブ力にも圧倒されたし、食べ物もテクノロジーの面も元々すごいと思っていたところが確信に変わったな、という感じです。イメージどおりで悪いところがないですね。今回、地球の裏側で演奏ができるということがとても幸せで、印象深い経験をこれからできることに感謝しています。

―今、世界的に活躍されていますが、日本の音楽は聞くのでしょうか。
日本の音楽はあんまり聞く機会がないのですが、アニメとか映画はよく見るのでそこから知ることはあります。(アニメの音楽を口ずさんでくれました。)日本のアニメはとても尊敬しますね。好きなアニメは「ドラゴンボール」とか「NARUTO」とか。当時は見る時間もあったので、アニメはよく見ていました。今は、忙しくなってしまったけど時間がある時は楽しんで見ています。

―尊敬するアーティストはいるのでしょうか。 ブラジルの音楽やアメリカの音楽をよく聞きます。尊敬してやまないアーティストは、ブラジルの「Juninho Afram」やアメリカのギタリスト「Andy Timmons」や「Steve Vai」、「John Mayer」、「Lincoln Brewster」ですね。大好きです。特に影響を受けた「Juninho Afram」は「Oficina G3」というバンドに所属をしていて、小さいときから影響を受け楽器を始めるきっかけになったのですが、今も大好きで、実際にお会いする機会もあったんです。お会いする度、モチベージョンがあがりますね。もっとこの人に近くにいたいと思えます。5歳のときから聞いていたんですよ。実際にお会いしてからはもっとファンになって、ミュージシャンとしてだけでなく、人としても魅力的な人で、すごく信仰を与えてくれ、人の力になる言葉をくれるので尊敬しています。

―5歳からバンドに目覚めるのは珍しいと思うのですが、子供の頃から音楽に触れていたんですね。
そうなんです。子供の頃のエピソードなのですが、母が誕生日に子供用の音楽のCDを買ってくれる機会があったんですが、ラジオで音楽を聞いていたからそれよりも「Oficina G3」のバンドのCDをほしいと言ってたんですよね。笑 音楽好きの家庭だったので、祖父がコードを教えてくれたり、家族で教会に通って賛美歌を歌ったり、音楽に接する環境で育ったことが大きいですね。特に母は音楽に熱を入れていて、母のサポートがあったからこそ今があります。

―なぜミュージシャンになろうと思ったのでしょうか。
やはり家族のサポートが大きかったです。「できる」ということを家族は常に言ってくれました。高校の時には全く別のこと、医者になるということも考えていたけど、自分が音楽をやっていることが他の人の動機づけや、勇気づけになることがわかって、これからももっと色々な人のためになるような音楽をどんどんやっていきたいと思いました。

1 2次のページ
Billboard JAPANの記事一覧をみる
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。