ノーベル賞受賞で話題の「行動経済学」ってどういうもの?
2017年のノーベル経済学賞は、「行動経済学」の普及に貢献したリチャード・セイラー氏に贈られることが決まった。
近年、この「行動経済学」はさまざまな分野で注目されている。
従来の「経済学」は、人間が完璧に「合理的」な意思決定をすることが前提になっているが、「行動経済学」は、人間が「不合理」な意思決定をすることを前提にした学問だ。
私たちは普段、衝動買いをしたり目先の欲に流されたりと、感情や情報に左右され「不合理」な行動をしてしまうものだ。そんな「不合理」な行動や選択をしてしまう理由を解き明かすのが「行動経済学」である。
『予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』(ダン アリエリー著、熊谷淳子訳、早川書房刊)は、「行動経済学」のエッセンスを楽しみながら学べる書籍としてベストセラーになった一冊だ。その中からいくつかビジネスに効く「行動経済学」の知恵を紹介してみよう。
■ヒトは「比べやすいもの」だけでも物事を判断する?
あなたが、大好きなある雑誌の年間購読を申し込もうとしているとしよう。
そのプランに次の3つがある。あなたはどれが一番得だと感じるだろうか?
A:ウェブ版の年間購読/6000円
B:印刷版の年間購読/12500円
C:ウェブ版と印刷版のセット購読/12500円
マサチューセッツ工科大学の学生100人にこの3つから選ばせたところ、「A:16人」「B:0人」「C:84人」となった。「C」なら、印刷版の価格でウェブ版も読めるので、得だと感じるのは当然だ。
次に著者は、「B」の選択肢を外して、同じように学生に選ばせてみた。もともと、「B」を選んだ人数は「0人」なのだから結果に大きな差は出ないはずだ。
ところが、結果は「A:68人」「C:32人」になったのである。
この意思決定バイアス(偏り、先入観)は「相対性」によるものだ。
私たちは「比べやすいもの」だけを一生懸命に比べてしまうクセがある。
何かを売る側の立場なら、お得に思わせる「おとり」の選択肢(この場合はB)を意図的にいれることで、より価格の高い商品やサービスに顧客を誘導することができるだろう。
逆に、買う側の立場なら、選択肢に「おとり」である可能性を考えて、価格以外の価値――たとえば、両方読むことで得られるメリットはあるかといったことを考えることが、合理的な判断だと言えるだろう。
■「やる気」を引き出すのは「お金」と「プレゼント」のどっち?
恋人へのプレゼントに「1万円相当の品物」と「1万円の現金」を渡すのでは、どちらが喜ばれるだろうか。
価格価値が同じでも喜ばれるのはほとんどの場合、後者だろう。現金をあげた場合、相手はむしろ気分を害するかもしれない。
価値が同じでも、こうした違いが出るのは私たちが「社会規範」と「市場規範」の2つを無意識に使い分けているからだという。
簡単に言えば、「社会違反」は義理人情の世界。「市場規範」はビジネスライクな世界だ。
義理人情が基本の関係に、ビジネスライクなものを持ち込むと、大抵、物事がうまくいかなくなる。
ところが、「市場規範」の中に、少しだけ「社会規範」を取り入れると、「やる気」を引き出すことができたりする。
たとえば、上司が職場の部下にお菓子の差し入れをするほうが、お菓子と同じだけのお金を配るよりも喜ばれるのは想像に難くない。
これを会社規模で考えれば、社員全員に特別賞与などの現金を渡すよりも、同じコストで福利厚生を手厚くする方が会社に対する愛着も湧き、長期的な「やる気」の源泉になり得るのだ。
■「これは自分のモノ」と思わせれば、モノの価値は上がる
人は、一度手にしたものの価値を高く見積もることが行動経済学の実験で立証されている。これを「保有効果」という。
たとえば、あるスポーツのチケットの抽選に当たった人が「いくらなら売るか」と問われて示す金額は、同じくらいそのスポーツが好きだけど抽選に外れた人が「いくらなら買うか」と問われて示す金額よりも、かなり大きいのだ。
実際に、モノやサービスを実感させることも「所有効果」を誘発する。
車の試乗や家電の店頭サンプルなどで、実生活でその商品を使っている場面を顧客に想像させると、「これを手放したくない」と思わせることができるだろう。
さらに、「すでにこちらは在庫が少なくて」と耳打ちすれば、その誘惑は一気に加速する。
逆に自分が客の立場なら、そうした誘惑に流されないように、一旦、時間を空けてから考えることで、合理的な意思決定を下せるだろう。
本書は、ユーモアのある語り口で専門知識がなくても読めるので、「行動経済学」の入門書としてはうってつけだ。ビジネスだけでなく、日常のコミュニケーションや買い物にも応用できる知恵の宝庫なので、一読してみてはいかがだろうか。
(ライター/大村佑介)
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