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“テニミュの産みの親”片岡義朗にロングインタビュー 『カンタレラ2012~裏切りの毒薬~』ボカロミュージカルへの想い

片岡義朗

大人気ミュージカル『テニスの王子様』の産みの親であり、ニコニコミュージカルエグゼクティブプロデューサーの片岡義朗氏にインタビューを行った。片岡氏の半生から、何故『カンタレラ』の公演を再度行うことにしたのかまで、気になる事を“ぶっちゃけ”聞いてみた。

-:まずは片岡さんが何者なのか?という所からお聞きしたくて。
片岡(以下、片):普通の親父だと思って頂ければ。

-:(笑)
片:なんなんだろうね。自分でもよくわからないんですよ。世の中の人がどういう風に自分の人生を生きているかは勿論わからないんだけど、(自分自身は)「面白いものを見たい」とか「触っていたい」とか好奇心だけで生きていて今、ここに座っているという、まあ人生転がってる感じがしますよね。 今まではアニメが面白いと思ったから、取り組み続けていたのです。 だから目の前にある面白い事を追いかけてきたらここにいるっていうのが正直な感想なんです。 今はニコミュが1番面白いですね。

-:前職・前前職に関してもアニメ畑だったんですか?
片:元々は東急エージェンシーの営業マンで、その時にアニメのラジオ番組「アニメトピア」という番組を始めて。 これは「アニメ」という言葉がタイトルについた最初のラジオ番組だったんですね。 それから自分の手でアニメ・声優ファンを対象にしたラジオ番組を3本立て続けに作りました。

-:そうなんですか。
片:それで「アニメトピア」という番組はラジオ大阪では異例の週1回・15分番組で始まって、その後で30分番組になりました。 それが東京にネットされ名古屋にネットされ、つまり大阪を起点に東京と名古屋にネットされたんですよね。 関西では一度、ラジオ聴取率No1をとったんですよ。 ラジオ大阪って、今は知らないですけど、当時は関西のラジオ局の中では一番下のラジオ局で、阪神でも巨人でもなく近鉄のナイターとかを中継していて。 聴取率調査でいつも最下位だった放送局の番組がいきなりトップをとるというので異例のことでした。 そういう人気を受けてイベントが有料公開生放送だったり、単行本を出したり……。

-:単行本? ラジオブックのようなものですか?
片:いや、なんだっけ。「さんべん回ってドジョウが二匹」とかって、つまり完全に読み物としての単行本を出して、だって単行本が35万部ぐらい売れたんですよ。千何百円のものが。

-:ベストセラーじゃないですか。
片:本当のベストセラーに入ったんだよ、新聞の。 それを2冊出したり、それからイベントをやって、レコードアルバムを出して、メインパーソナリティ2人の歌とゲストで歌を出して、それもチャートインしたり、 なんかメチャクチャな事をやって。

-:もともとアニメに興味があったんですか。それとも仕事として関わりだしてアニメに興味をもったんですか?
片:もともと漫画は好きでしたね、アニメは特に好きだという訳ではなかったんだけど、仕事で宇宙戦艦ヤマトの一回目のTVシリーズのパイロット版を見たんですよ。 そしたら素晴らしい出来で「これを仕事にしたい」と思ったところから始まって。 で、まあ東急エージェンシーはアニメーション作品ってそれほど触ってなかったので、触るにはラジオ番組でも作ろうかと思って、女性二人の声優がパーソナリティの番組を作ったら大ヒットしたんですね。「アイドル声優」という言葉もなく、「声優」っていう言葉がようやく市民権を得たぐらいの時代で、女性声優二人がアニメの事を語りながら、ギャグ番組タッチの番組を作ったんだけども。 もちろん男性声優でいうともう亡くなられたけど広川太一郎さんとか羽佐間道夫さんとか野沢那智さんが落ち着いた声で語る番組はあったんですよ。だけどそれはアニメファンとか声優ファンに向けての番組ではなくて、喋りのプロとしての声優さんを使ったラジオ番組だったんですよ。 だけどアイドルチックな女性声優が二人で「キャッキャッ」「かわいい」とか……、要するに萌キャラ風にやる番組っていうのはなかったのでメチャ受けしたんですよ。

-:確か、その時に片岡さんも出演していらしたんですよね?
片:出てました、「はげら」という名前で(笑)

-:(笑)
片:キャラクターです、それはね。

-:あの、すいません、失礼かもしれませんが、その時から結構「はげら」だったんですか。
片:額はね。ただその時はギャグとして通用するぐらいの額の広さだったんだけど。 AD笠原よりはもっとありましたよ。ぽこたぐらいでした。ぽこた怒るかな(笑)

-:(笑)
片:その番組とかあとの2本の番組にアニメのスタッフさんとか他の声優さんとかをゲストに呼んで、例えば宇宙戦艦ヤマトだったら松本零士さんにゲストにきてもらったりとか。 で、ラジオに漫画・アニメの世界の人たちが呼ばれるってことがほとんどなかった時代なので皆さんよく出てきてくれたんですよ。 名前ぐらいは知っているかもしれないけど、少年ジャンプの編集者の鳥嶋さんっていう。

-:少年ジャンプで鳥山明さんを発掘した鳥嶋和彦さんですね。
片:Dr.スランプアラレちゃんが大ヒットしていた頃なので、その編集者にきてもらおうとかいって。 今じゃ鳥嶋さん出てこないと思うけど、当時は出てくれたんですよ。 「マシリト」っていうキャラで。

-:アラレちゃんで使われていたキャラですね。
片:「この人は面白い」って思う人をラジオ番組にガンガンゲストに来てもらって実際モノづくりは触ってなかった、その時はね。

-:そうなんですか。
片:そういうことやってたらある人が、広告代理店でアニメが好きでラジオ番組作っているぐらいだったら東急じゃなくてアサツーに来て、アサツーはアニメいっぱいやっているから、そこでアニメのプロデュースやらないかって誘ってくれた人がいてそれで転社したんですよ。 それでアサツーに入ってアニメの企画セクションにいって、そこで最初のプロデュース作品が「さすがの猿飛び」。 それ以来、割と作品に恵まれて、自分で作っていても面白い作品がいくつもありますね。 だからそれは当然、漫画は好きでよく読んでいたけど、アニメは知らなかったけどヤマトで触れてみて「この表現は面白いな」っていって、だったらこれをアニメにしたら面白いんじゃないかと言う事をいくつかだして……、誰もが知っているヒットでいうと「タッチ」ですよね。それまでは「タッチ」に近いものはいくつかあったんだけれども、まさに「タッチ」が典型だと思うんだけど、ドラマですよね、「タッチ」って。 普通に考えたらドラマ。 ようするにキャラクタービジネスという言葉で括られるようなおもちゃが売れるとか、ゲームになるとか、当時あんまりゲームってないんだけれども、ようはキャラクター商品が売れるアニメ。 で、物語が凄くしっかりしているので、しかもあだち充先生のゆったりとした時間の流れの中で時々ふっとギャグが入るような、言ってみれば”アニメにし辛い漫画”だって言われていて。でも、あれをどうしても、漫画がすごい傑作なので、やりたいと思って小学館・東宝と話をしてアニメにしました。 これはやっぱりサンデー・マガジン・ジャンプを毎週読んでいた中で、もちろん趣味の中の話なんですけど、どの漫画が一番面白いかって読んで、面白い作品を見つけますよね。それをアニメにしたいという流れで言うと、こんな漫画をアニメに出来たら面白いと思った。で結構会社の中でも大反対があって。

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