「なんで手ぇ出しちゃったんだろ」どんな男も逃げ出す? 驚愕の姫君の容姿と極貧生活 ~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~
おっとりのんびりした可愛い恋人が欲しかったのに、どうにも残念な感じの女性をゲットしてしまった…。でも相手の身分柄、関係を終わらせられない。かなり面倒くさい状況になった源氏をさらなるガッカリが襲います。
ガッカリその1「事務用の紙といかつい文字」
姫君との初めての夜のあと、がっかりしている源氏に、頭の中将が仕事の相談を持ってきました。そこから源氏は仕事モードに突入。姫君に手紙を送るのを忘れます。手紙くらいいじゃん、と思うなかれ。
この時代、正式なお付き合い(結婚)であれば”男は女のもとへ3日連続で通い、3日めにお餅を食べて家族にお披露目する(三日夜の餅・所顕)。男は女性の元から帰ったら手紙を出す(後朝の文)”というルールあり。
3日連続で通わなかった場合は、要するに遊びの関係。手紙は早ければ早いほど愛情がある証拠で、プラス評価になります。
源氏もそのことはよく知っているのですが、どうにも気乗りがしなくて、夕方遅くやっと手紙だけ出しました。手紙は遅いわ、1日で行かなくなるわ、さんざんです。
命婦はこんな目に遭った姫君を気の毒に思いますが、本人はまだ動転していて、手紙が遅くて無礼とかいうことに気が回りません。どうにも鈍感です。
せめて返事だけでもと和歌を考えますが、姫君は和歌を読むのがとても苦手。お返事用のテンプレ和歌をかけばいいのですが、それもできない。
あれだけ返事を出さなかったのも、駆け引きなどではなく、本当に出来なかっただけでした。時間が果てしなくかかりそうなので、仕方なく女房の侍従が代作し、姫君が写し書きします。
源氏は返事を見て「うわ~……」。事務用の白い紙に、イカつい古風な字で、公文書みたいに上下をがっちり揃えて書いてあります。硬すぎ。
ラブレターなら薄いキレイな色紙に、サラサラっと走り書きしたようなのでいいのに…。ますます失望した源氏は手紙をその場にポイ捨て。あらら。更に、仕事と紫の君のお世話にかまけて、放置、放置が続きます。
ガッカリその2「古い・貧乏・汚い!衝撃の極貧生活」
放置続きの源氏に、命婦からクレームが。さすがに反省し「顔もまだよく見てないし、体に触れた時の違和感も謎だ。ちょっと見てみよう」と、ある雪の日に、思い立ってでかけました。
こっそり邸内を覗くと、モノは全て古くてボロボロ。姫君は几帳の奥にいるので見えませんが、女房たちは皆年寄りで、古臭い様式の変な服装をしている。おかしさに思わず笑いそうになりますが、その着物も汚くくたびれて寒そうです。
老女房たちは少ししか料理が載っていない、古びた器から食事しつつ愚痴。「こんなにひもじい思いをするなんて。ああ、寒い寒い」。そう言ってブルブル震えています。
(前々からボロいとは思ってたけど、夕顔が物の怪に取り憑かれたあの『なにがしの院』といい勝負だ……)衝撃の極貧生活。あそこは廃屋だったけど、ここは現役で人が住んでいる。それもやんごとない身分のお姫様が。
源氏はいたたまれなくなり、まるで今来たかのようにノックして中に入りました。夜半、吹雪がひどくなり、灯りも消えますが誰も持ってきません。その様子に夕顔を亡くしたあの夜を思い出します。
「普通、こういう時なら女の子を守りたいと思うのに、ちっともそう思えない」。でも、残念ながらこれが現実です。
ガッカリその3「全てに釘付け!」驚愕の姫君の容姿
明け方、庭には一面の雪。源氏は自分で格子を上げ「一緒に夜明けの空を眺めよう」。姫君も明るい方に出てきます。源氏は外を見ているふりをして、横目でちらっと姫君を見ました。
(背が高くてガリガリだ!肩骨が着物を突き破りそう。
何より鼻が長い!まるで象だ。
しかも鼻先が垂れて赤いなあ。顔全体も長くて、血色は悪い。
色あせた服の上に来ているのは、毛皮だ。
若いお姫様の着るものとしてはとても変だが、これがないと寒いんだろうな……)
もう絶句。逆の意味で目が釘付けです。「ちょっとでも可愛いかも」という希望も全て消えました。触れた時の妙な感触は、骨ばった体や毛皮でしょうか。
唯一の救いは、髪の黒く長く豊かなことと、頭の形。この点だけは源氏が見ても合格です。にしても、こんなものすごい造形の姫君を、紫式部はどうやって生み出したんだか。
姫君は、源氏を見つめて、肘を突っ張って手を顔の前に合わせ、ニヤッと笑って「ウフフ」。これがまた、ゾッとします。ようやく一言二言言って逃げ帰りました。
源氏は考えます。「多少ブサイクというなら忘れただろうが、ここまでスゴイと他の男は逃げ出すだろう。これも亡き常陸宮のお導きかもしれない」。
また、空蝉は美人ではなかったが、振る舞いが上品で心が惹かれたとも。もう少しセンスがあれば、カバーできることが色々あっただろうに、という残念さが溢れています。
とはいえ、関わったのも何かの縁。源氏はそう思い直し、マメに行かない代わりに姫君や女房たちの暖かい衣服(毛皮ではない)をはじめ、生活用品や食料品などを届けます。一転、姫君の生活は安定し、仕える人たちも喜びました。
ガッカリその4「扱いに困る余計なプレゼント」
そして年末。命婦が「ちょっとこれをご覧に。お正月に、と姫君からです」。中には古びた衣。色はどうにも下品な、いやらしい赤です。
まず、お正月の晴れ着は正妻が担当するので、姫君が持ってくるのはお門違い。でも彼女の中で源氏は夫として意識されている様子。源氏の中ではとっくに、恋人ですらないのに…。
添えられた手紙も相変わらずいかつい字で、しかも今回は特に下手。これが姫君の自作自筆らしい。いつも代作してくれる侍従は、姫君へのお勤めだけでは生活費が足らないのか、ダブルワーク中で留守だったのでした。
呆れるほどヒドイけど、あの姫君が一生懸命頑張って作ったんだろうな。源氏は「なつかしき色ともなしに何にこの 末摘花に袖を触れけむ」。なんで手ぇ出しちゃったんだろ、赤い鼻の人に。
末摘花は紅花の異称。この歌から、姫君は末摘花と呼ばれるようになりました。命婦は「なるほど、あかいはな」。気の毒だけど吹き出しそうです。源氏からはお返しに、美しい色合いの服の詰め合わせを贈ります。
末摘花の老女房たちは「贈ったのが気に入らなかったのかしら」と言いつつ、こちらからの衣装も、姫君の和歌も由緒正しく立派で、お返しはちょっと面白い程度のものだ、と言い合います。
末摘花も自分で頑張って詠んだ会心の作なので、しっかり手元にメモ。全員が「全てこちらのほうが上だ」と思い込んでいます。
末摘花側のプライドと源氏側のズレ、古い格式にしがみついて生きる滑稽さや哀れさ。紫式部が醜い姫君を通して書きたかったのはそのギャップなのでしょう。
いかにそれが時代遅れでも、どんなに貧乏になっても、宮家の誇りはわすれない。落ちぶれても元上流家庭、ってもう『おぼっちゃまくん』の貧ぼっちゃまみたい。
箱入り娘で、いつもお父さんの思い出と、読み飽きるほど読んだ古い本と、琴だけを繰り返しながら毎日を送っている末摘花。命婦や源氏という世間の風が吹き込んでも、全く変化する様子がないのでした。
ちょっとひどい?赤い鼻をダシにした、源氏の悪ふざけ
一方、二条院では、紫の君がお絵かきをしていました。源氏も髪の長い、鼻の赤いお姫様の絵を描き、自分の鼻にも赤い絵の具をつけて「ねえ、私の鼻がこんな風になったらどうする?」「えー、やだ!」
源氏は鼻を拭くフリをして「あれ!赤いのがとれなくなっちゃった。どうしよう、帝に叱られる」紫の君は本気で心配して、水をしませた紙で一生懸命拭き取ろうとします。可愛い彼女を見て「同じ赤でも、こんなに可愛い赤もあるのに」。
源氏という美男子が、醜い末摘花を笑いものにする。このシーンはちょっとやり過ぎという批判もあります。特に、いまだとこういうシーンは、イジメや差別に繋がるとかいろいろ問題になるでしょうね。
しかし、そうやって無邪気に遊ぶ2人は、仲の良い兄妹のようです。さてはて、この人達のその後はどうなりましたやら、というところで話が終わります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
(画像は筆者作成)
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
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