アシフ・カパディア監督『AMYエイミー』インタビュー
(c)Rex Features
数々のヒット曲を生み出し、グラミー賞を受賞。27歳にして突然逝世したエイミー・ワインハウスのドキュメンタリー映画『AMYエイミー』が、没後5年を迎える今年公開される。破天荒なイメージが先行する彼女が、恋愛に悩んだり、家族や友達との時間を大切に過ごしていた素顔、さらに名曲が生まれた背景を、その楽曲とともに改めて振り返る本作は、アカデミー賞をはじめ海外にて30冠以上の映画賞を獲得。アイルトン・セナのドキュメンタリーも手がけるなど注目を集めるアシフ・カパディア監督に、制作の過程を聞いた。
──エイミーとは生前どんな関係だったのでしょうか?
アシフ「直接の接点はなかったんですけれど、僕にとって彼女は非常にパーソナルな存在でした。僕も彼女と同じように、ロンドン子なのでね。彼女はユダヤ人だったけれども、僕はインド系ムスリム人で、住んでいる場所も近所だったんです。生まれ育った環境が手に取るようにわかりますしね。ただ、60、70年代ならまだしも、どうして今この時代において麻薬に溺れる人がいて、それを責任をもって対処する人間がいなかったんだろう、どうしてこんなことが起きてしまったんだろうという疑問が頭をもたげてきたんです。それが、僕と彼女を結びつけるきっかけでした。どちらかというと、元々彼女のファンだったというわけではなかったんです。しかし、『AMY エイミー』を制作したことで、彼女の人となりに本当に魅了されたし、制作をする中でファンになっていったんです」
(C)Nick Shymansky Photo by Nick Shymansky
(C)Nick Shymansky Photo by Nick Shymansky
──ドキュメンタリーを製作することになったきっかけは?
アシフ「僕はそもそも人に興味があるんです。特に、いわゆる“アンダードッグ=負け犬”に興味をかき立てられるんですよね。エイミーはアーティストとしては非常にポジティヴだけれども、人としてはやっぱりある種の“負け犬”だったわけです。だから興味を惹かれました。映画を作り出す前から人の心理というものに興味があったので、それが今回のひとつの動機になったんです。僕の映画を作る動機というのは、突き詰めたい疑問がそこにあるかどうかなんですよね。『アイルトン・セナ〜音速の彼方へ』も制作に5年かかっているし、『AMY エイミー』も3年かかっている。それだけ付き合っていくわけなので、よっぽど探っていきたい疑問がないとダメなんです。ファンだったから映画を撮ったわけではなくて、色んな疑問を紐解きたかったから撮ったんです」
──劇中にも登場する元マネージャーであるニック・シマンスキーや、幼馴染みの女性2人の信用はどのようにして得ていったのでしょうか?
アシフ「カメラがあると身構えて本当のことを聞き出せなかったりするんですけれど、今回の場合は本当のラジオ番組のように部屋の中で1対1で座り、音を録っているミキサーも別室にして、照明も落としてしゃべってもらったんです。すると取材対象者はほっとするから安心していろいろ話し出すんですね。最初は『嫌だ嫌だ』と言っていた人が1時間、2時間、そして4時間、5時間に話してくれてどんどん心を開いてくれました。取材対象者の彼らもエイミーに先立たれてしまっていろいろ心に抱えていたので、この映画が彼らにとって一種のセラピー的な効果があったんじゃないかなと思うんです。そのせいか、だんだんと私たちを信頼していってくれるようになりました。そうしたら『今度はこいつに話を聞いてみたらいいよ』って友達を紹介してくれるようになりました。最初は「映像なんか持っていないとか言っていたけど本当はあるんだよね」って見せてくれたりして。つまり周りの人との1対1の対話を重ねていく中でその過程を経て映像にだどりつけた感じでした」
──製作にあたっていちばん困難だったことは? またその困難をどのようにして乗り越えましたか?
アシフ「やっぱりセナとはかなり対象的でした。セナはみんなに愛されていた人でしたから、映画を作るよってなった時に『僕はこんなの持ってるよ』とか『ヘルメットを持っているよ』とか『こんな写真があるよ』とか、いろんなところから協力したいっていう人が出てきたんです。残念ながらエイミーの時は真逆で『お前は信用ならん』とか『お金をいくらくれるんだ』とかまったく協力的ではなかったんですね(笑)。誰も協力者として申し出る人がいなくて、またドラッグアディクトの話をなぜ今さら作りたいんだ?と、いう感じがありました。信頼を一歩ずつ一歩ずつ築いていくっていうのが本当に大変な作品で、とにかくリアルなエイミーを観せたいんだっていうことを伝え少しずつみんなを説得していったんです」
(C)Rex Features
(C)Winehouse family
──健康的で音楽への情熱をほとばらせている前半に対して、エイミーの恋人だったブレイクが登場してからは徐々にはつらつとした表情が失われていきます。しかし、彼女自身はブレイクとの愛があるので幸せだったはずです。その外見と内面のギャップが徐々に痛ましくなっていきますが、監督自身もっとも辛いシーンはどこだったのでしょうか?
アシフ「実は一番フッテージがあったのは後半の時期からの映像なんです。異常なくらいに多かったですね。悲しいエイミーだったり、ちょっと映されたくないエイミーだったり、パフォーマンスで失敗してしまうエイミーだったり……。一度観ると固定化されてしまってなかなか拭えないものなので、観た人はこういう人だったんだなと思うはずです。しかし、僕は彼女がなぜこうなってしまったのかということを描かなければいけないので、当然そういう不愉快な映像を使わなければなりません。ですので、そのあたりのバランスが結構難しかったのです。エイミーを馬鹿にするような、恥さらしになるような映像は使いたくはなかったけれども、映画では彼女の本当の姿を説明しなければならない。そういう意味で情報過多であってはいけませんが、きちんと説明しなければならないところが難しかったです。
彼女は助けを求めていたし、要所要所で救えたところがあったと思うんです。ですので、どうして彼女を助けてあげられなかったのかというところも明確にしていかなければなりませんでした。そういうあらゆることを描いて行く中で出しすぎのラインって、どこなんだろうってことをいろいろ考えましたね。とても難しい映画でした」
──結果としてアカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞しました。
アシフ「この映画を製作するにあたり、誰もがこの作品を信じてくれました。エイミーがどんな曲を作り、実際はどんな人だったのか、どれだけ美しく、楽しくて、機知に富んだ特別なアーティストで、大切にしなければならない存在だったのか、その真実の姿を描きました。それが結果として賞の受賞という形で、みなさんに認めてもらえたことは非常に光栄なことだと思っています」
──監督自身、エイミーのいちばん好きな曲は?
アシフ「やっぱり“ティアーズ・ドライ・オン・ゼア・オウン”が一番好きです。それと、もうひとつエイミーのこのストーリーを一番象徴的に語っているのは、“ラヴ・イズ・ア・ルージング・ゲーム”ですね。とにかく彼女の音楽について言えることは、僕は彼女のギターと歌、シンプルなライヴに尽きるということ。レコードは本当にヒットしましたけれども、正直あんまりレコードには惹きつけられなかったんですよね。彼女のシンプルにステージ上でギターを手にして歌っている、そのライヴがすごく好きで、それを観てファンになりました。なので、そのレコードのアルバムの方はみんなが買って歌って踊って、ノリノリになるようなものなんですけれど、逆にノリノリなので歌詞の重みが削がれてしまうというか。なので、シンプルにカメラに向かって歌っていたりとか、友達と歌ってたりしている彼女がすごく好きなんです。この映画の中でのいちばん好きなライヴ映像は、ダニー・ハサウェイのカヴァーをしている、“ウィアー・スティル・フレンズ”という曲を歌っているエイミーがすごく素敵だと思います」
──日本の観客に対して、ここを注目してほしいというシーン、そしてメッセージをお願いします。
アシフ「とにかくこの映画はリアルなエイミーを見せる映画です。わたしは彼女の周りの友達だとかマネージャーのニックとか彼女を愛していた人たちから君はいったいどんな映画を作るのか? タブロイド紙とかスキャンダラスなエイミーを撮るのか、あるいはリアルな本当の彼女の姿を撮るのか、どっちのエイミーを見せるのか? と試されていました。わたしはリアルなエイミーを撮るということをひとつのミッションとして抱えて撮りました。この映画の中では、とてもひょうきんで美しくって聡明な有名人になる前の素敵なエイミーがフィーチャーされています。有名人になるということは本当に人に害を与えることになるんですよね。名声というのは身を滅ぼすもとです。この映画ではアイコン的存在になるよりも前の幸せで若いエイミーを見せます。非常に人間として素晴らしく特別な存在でありましたし、彼女は愛と保護を求めていたんだと思います。しかし残念ながらそれをいまいち得られなかった人だったということをみなさんに観てわかってもらえたらうれしいですね」
映画『AMY エイミー』
7月16日(土)角川シネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷、角川シネマ新宿他にてロードショー
監督:アシフ・カパディア『アイルトン・セナ ~音速の彼方へ』
出演:エイミー・ワインハウス、ミッチ・ワインハウス、マーク・ロンソン、トニー・ベネット他
配給:KADOKAWA
© 2015 Universal Music Operations Limited.
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