「押しつぶされそうな“パパ”の気持ちを代弁しているスリラーなんだ」 『ノック・ノック』イーライ・ロス インタビュー[ホラー通信]
イーライ・ロス:“幸せとは、結婚して子供を産んで育てること”みたいな公式があるけど、それはあくまで表面的なこと。それに対して、誘惑しにきた美女たちが“そんなもんはたわごとだ!”とエヴァンの気持ちを代弁してくれているんだ。
6/11、いよいよ公開となる『ノックノック』。家族思いの父・エヴァンが家族の留守中に家にやってきた美女二人に誘惑され、快楽に負けたことから、思いもよらぬ恐怖を体験するというイーライ・ロス監督の最新スリラーです。ロス監督本人にこの作品について話を聞くと、一見幸せをぶち壊されたかのようなエヴァンですが、実はそうではないのだと言います。
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ロス:一家の父であるエヴァンは男としての不甲斐なさを感じていて、家族は自分を評価していない。父の日なのに妻は仕事があるからと出掛けてしまったり。俺ってなんなんだ、と思っているような時に美女がやってきて、「あなたってセクシーね」「DJもやってるなんてすごいわ!」と言ってくれる。だから翻弄されてしまう。注意深く見ると分かると思うけれど、設定で彼は建築家だから、あの家を建てているはず。でも隅っこでちまちまと仕事をしているんだ。一方の妻は、家中に堂々と自作のアート作品を広げている。押しつぶされてしまいそうなエヴァンが、あの誘惑美女を想像の中で生成してしまったという見方もあると思う。
――美女二人に誘惑され、転落していくエヴァン役を演じたのは、あなたとの初タッグとなるキアヌ・リーブスですね。
ロス:僕はキアヌの大ファンなんだけど、彼は追い込まれた男を見事に演じてくれたよ。彼は本当にひょうきんでファニーな奴だった。仕事ぶりも素晴らしく、プロ根性があって演技も素晴らしい。過小評価されていると思う。「ピザがタダで来たから食べただけじゃないか!」というセリフの吐き様も素晴らしかったね。
キアヌをここまでいびるのか!
――あなたの奥様であるロレンツァ・イッツォがエヴァンを誘惑する美女のひとりを演じていますが、それについてはどういう心境なのでしょうか。
ロス:ロレンツァの役は、彼女のために書き下ろしたんだ。今までにも僕の作品に出てるけど、グロテスクな映画では俳優たちがどれだけいい演技をしても「あの映画はグロかったね」と言われて、演技への評価にはなりにくい。だから今回は、芝居を見せるための役を書いたんだ。ロレンツァは優しい子だけど、ブラックユーモア感覚がある。キアヌをここまでいびるのか!というところまで見せてくれた。
――美女役のロレンツァとアナ・デ・アルマスにはどんな演技指導を?
ロス:彼女たちにはこれがゲームだと思って演じてもらった。チェスゲームをやるように、一手一手進めて詰め寄るように、とね。彼女たちが家を訪れていきなり裸になったら、「すぐに出ていけ!」と言われてしまうだろう。まずアナがくしゃみしたら、エヴァンがティッシュを持ってくる。彼女たちの中で「やった!」となる。こうして、「タオル貸して」「素敵なレコードコレクションね」次はソファーで…と、じりじり詰め寄っていく。彼女たちは、エヴァンの周りを旋回するサメのような存在なんだよ。彼女たちはトチ狂った気違いな女と見られるけど、彼女たちにもそうなってしまう原因がある。彼女たちは「男ってどうせこうでしょ」と思っている、または思わされた過去があった。ピザを差し出したら男はみんな来る、と彼女たちは思っているんだ。
アートとは何か?を問う作品でもある
――『ノック・ノック』は、イーライ・ロス作品にしては珍しく、ゴアな描写がない作品となりました。
ロス:今回は切り刻んだりするようなゴアシーンの代わりに、いろんな彫像品をぐちゃぐちゃに破壊したんだ。アート作品を死体に見立てた破壊行為だ。それは一種の代替行為なんだよ。この作品では、アートとは何か?ということも意識して作っている。僕は「ザ・ウィッチ(2016年のホラー映画/日本未公開)」をアートだと思うけど、アカデミー賞にノミネートされている作品を観て、“これの何がアートなんだ?”と思ったりする。でも世間の人たちは「これがアートだ!」と言っていて、“何なんだ!”と思うわけ。
――『グリーン・インフェルノ』でもネット社会への風刺がありましたが、『ノック・ノック』でもやはりSNSに対する風刺を差し込んだのでしょうか?
ロス:そうだね、SNSの恐ろしさも見せたかったんだ。最近では個人の情報を秘密として固持できることなんてない。自分の情報をどんどん開示していく、その副作用は必ずある。情報が明け透けになっているから、一生懸命築き上げてきた人生は、ちょっとしたことで崩れていくんだよ、ということを描いている。エヴァンはパンドラの箱を開けてしまったよね。可哀そうに。
ホラー映画は心の解放
――数々のホラー映画を撮ってきたあなたに是非聞きたいのですが、あなたにとって“恐怖”とは?
ロス:恐怖は誰しも人生で対峙しなければならないもの。恐怖映画は、それを浄化するためにあると思う。実生活で直視できないものを、ホラー映画を鏡にして取り払っていく一つの媒介なんだと思う。ホラー映画はどんなに強くあらねばならない人も「怖い!」と堂々と言っていい免罪符のような存在で、心の解放になるんだよ。いつでも形を変えてその時代のホラーが出てくると思う。ある時は狂信的な教祖、今は大統領選がホラーだよ。核ミサイルを飛ばせるような奴が大統領になったらどうするんだ、と思うしね。これからもホラーはずっと続くよ。ホラーは永遠だ!
“家庭を築く”という当たり前に思われた幸せにつばを吐きかけ、“アート”と呼ばれありがたがられるものを破壊する、我々の価値観を試すかのような『ノックノック』。あなたの価値観は揺らぐでしょうか? 映画『ノック・ノック』はヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて6/11公開です。どうぞ、お楽しみに! ホラーは永遠だ!!!
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