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【画像】地元熊本県上益城郡益城町の震災2週間後の姿

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4月29日から5月3日までの5日間、地元の熊本県上益城郡益城町に帰省した。『平成28年熊本地震』の震源地だ。

実家の周辺は比較的被害の少ない地区であったため、倒壊している家は少なかったものの、屋根の瓦が落ち、壁にヒビが入り、青いビニールシートで覆われている家も多く、道路は液状化現象でへこんでマンホールが浮き上がっていた。外見は大きな被害を受けたように見えない家も、赤色の“危険”や、黄色の“要注意”の貼り紙がされており、大きな余震があれば倒壊のおそれもあるため安心はできない状況であった。実家も黄色の紙が貼られていた。

※すべての画像が表示されない場合は『ガジェット通信』にてご覧下さい。
http://getnews.jp/archives/1456326 [リンク]


到着した、4月29日には水道も復旧しており、翌日にはガスも復旧。スーパーマーケットやコンビニの流通なども一部再開し初めていたものの、町の被害は予想以上に大きく、多くの住居や施設、道路を地震は破壊していた。多くの町民が車中泊やテント、避難所生活を余儀なくされている。

テレビの報道ではなかなか伝わってこない益城町の姿を、地元の人間の視点でお伝えしたい。

宮園〜下町〜秋津川


住宅街の宮園からバス通りや町民グランドへ抜けるためによく使われている生活道路。益城町宮園や木山は盆地の裾野に位置するため、秋津川の方へなだらかな下り坂となっており住宅が密集している。(南へ下る道取りを撮影。)


道路の半分が谷側に崩れ落ち、マンホールがむき出しに。また二階建ての家が道路側に倒壊しており道を塞いでいた。

道路が50cmほどズレ落ちて地層が見えている。

鉄筋の建物も、二階部分から潰れている。

28号線をこえるとすぐに、道路をふさぐ形で家が倒壊していた。人が通れる隙間は90cmほどしか空いていない。


地蔵堂の建物もゆがんでいた。


秋津川沿いの土手には土嚢が積まれていた。

木山神社〜益城町役場【235号線】


235号線沿いは、役場や公民館、郵便局、病院、スーパーマーケットなどが建ち、車の交通量も多い。(北へ上る道取りを撮影。)

本来はこのような、のどかな風景が広がる田舎町である。


缶蹴りなどをして遊んでいた木山神社の、狛犬や鳥居、門構えまでも崩れてなくなっている。


木山の交差点。

益城町役場の石で作られたネームプレートも地震の影響で崩れ落ちていた。

益城町役場の裏側。二階の渡り廊下にヒビが入り危険な状態である。

バスケットの試合や町のレクリエーションなどで使用していた、益城町町立体育館も天井が落ちかけている。

宮園〜通学路〜益城中央小学校


小・中学校時代の9年間通い続けた通学路。頻繁に帰省していたわけではないが、地元に帰るたびに時間を作っては散歩していた思い出深い道路。母校の木山中学校は今回の地震で大きな被害を受け、現在校舎に立ち入ることはできなくなっていた。(宮園から学校までの道取りを撮影。)


石垣とブロック塀に囲まれた、対面一車線と広めの歩道がある道路だったが、両側の壁が崩れ土砂と瓦礫が道路をおおってしまったため数日前まで通行止めとなっていた。自衛隊やボランティアの方々の協力により、現在は車が一台やっと通れる状態になっている。


二階建ての家が道路に飛び出して斜めの状態で立っている。崩れ出さないように柱などで支えてあったが、横を通り抜けるのはかなり危険な状態だ。


川に崩れ落ちた家。


木山城跡公園の石垣も横に真一文字に亀裂が走っている。

給食センターの裏。道路に亀裂が入り、陥没している箇所も。


通学路の秋津川沿いは現在緑地公園となっているが、いたるところに亀裂が入っており、断層が15cmほどズレ上がっている箇所も見られた。


奥に見える建物は、木山中学校。被災した際、校舎に大きなダメージを受け現在使用禁止となっている。校内撮影禁止となっていたため、画像でお伝えすることはできないが、地面に長い亀裂が入り、渡り廊下の足が砕け大きくズレ、倒壊寸前となっていた。益城町の9つの小・中学校は、5月9日から学校を再開するとのことだ。木山中学校は隣接する益城中央小学校の教室を借りての再開となる。

益城中央小学校。旧校舎の老朽化により、2011年に今の場所に移転し新校舎が建てられた。現在避難所となっており、自衛隊も常駐している。全く被害がないように見えるが、校舎の壁の一部にヒビが入り、相撲の土俵の屋根が倒壊してしまった。

第一畑中橋・新木山橋【木山川】


木山川にかかる二つの橋、『第一畑中橋』と、『新木山橋』。地震の影響で道路と橋が大きくズレ段差ができてしまい、『新木山橋』は段差をアスファルトで埋める形で現在補修されており渡れる状態になっているが、『第一畑中橋』は手つかずのままだ。

益城町文化ホール周辺【433号線から】


443号線沿いの歩道が途中から崩れ落ちてしまって現在は土嚢で補強している状態。交差点は信号もなくなっており、警察官が手旗信号で交通整理を行っていた。益城町文化ホール周辺の被害はひどく、その光景に地震の恐ろしさを思い知らされた。

今回撮影した写真も、益城町の被害の“ほんの一部”でしかない。そして地震は益城町だけではなく、熊本県全域、阿蘇地方にも甚大な被害をもたらしている。

ニュースではめっきり『平成28年熊本地震』を取り上げることも減ってきているが、地震の被害は終わったわけではない。り災届けの申請もようやく始まったばかりで、倒壊した家の撤去作業や修復はこれから始まるだろう。

父が言った。「これから梅雨が来て台風の季節になるけん、うちもどぎゃんなるか(どうなるか)わからんね」と。被災者には辛い季節が続く、地震の残した爪痕はあまりにも深すぎる。緑豊かな穏やかな町、益城町の復興はまだまだこれからだ。

※写真の撮影は、4月30日、5月1日に行いましたので、現状の復旧の状況と合っていない部分がありますこと、ご了承ください。

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