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ジュラシック・ワールド: 戸田奈津子氏は誤訳をしたのか?(farsite / 圏外日誌)

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今回はGasolineさんのブログ『farsite / 圏外日誌』からご寄稿いただきました。

ジュラシック・ワールド: 戸田奈津子氏は誤訳をしたのか?(farsite / 圏外日誌)

なんだかもやもやしている。たいへん面白かった映画『ジュラシック・ワールド』で、字幕翻訳の戸田奈津子氏が「また誤訳をした!」というツイートが、何件かRTされてきた。言われているのはクライマックスの「歯が足りない」という字幕だ。

これ、誤訳なんだろうか? このシーンをきちんと考えると、むしろこれがベストの翻訳だと思えるのだ。Webでは戸田氏のつくられたイメージが強すぎて、誤訳でないものまで誤訳だと思われている節がある。ここ数年の彼女の翻訳は、かつてのものとは様変わりしているのに。

以下、シーンの詳細を描くので一部ネタバレです。

場面背景と誤訳の指摘

問題の箇所はクライマックスシーンにある。

ヒロインと子供たちが凶悪な新種の恐竜に追いつめられる。パークの建物に身を隠したところで、こう言う。

“We Need more teeth”*1

それを聴き、ヒロインは起死回生の策をひらめき、ある恐竜のケージへと向かう。

*1:imdbによる引用はこちら
「Jurassic World (2015)」 『imdb』
http://www.imdb.com/title/tt0369610/quotes?item=qt2516919

この “Need more teeth” に「歯が足りない。もっと歯を」との訳が乗ったことをして、いくつかのツイートでは誤訳であり、英語の意味は「戦力が必要だ」である、と語られている。

このセリフはたしかにダブルミーニングになっていると思う。そのほうが意味が通るように感じる部分もある。ところがきちんと場面を捉えてみると、この訳は「歯が足りない」が適切であることがわかってくる。あるツイート*2をいただき、自分も確信した。

*2:https://twitter.com/debabocho/status/630360347094839296
Gasoline@debabocho 2015年8月9日

場面の意図

まず、前提としてこの “need more teeth” に至るいくつかの伏線がある。

・ 物語前半、少年はモササウルスの歯の数を数えている。恐竜マニアの彼は、分類学の基礎である歯の本数による分類を知っている

・ この恐竜を開発した学者は、「さらに大きく、凶悪で、歯の数の多い最強の恐竜」と語っている

・ このシーンの前、研究室に置かれた画面で、少年は新種の恐竜の「完成した姿」を見て、この恐竜が正体不明の何かであることを見抜いている

そして、このセリフに至る直前、少年は実際この恐竜の歯を数えている。彼は土壇場でこの恐竜が何なのか、客観的に把握しようとしたのだ。

そこで彼は発見する。この恐竜は、設計図に比べ「本来あるべき歯の数が、足りていない」のだ。つまりここが恐竜の弱点だ(現に中盤、歯が抜ける描写もある)。もっと歯のある恐竜なら、勝てるかもしれない。

それを聞いて、ヒロインが気づく。この恐竜の原型となった、歯の多い=かみつきの力で勝る“戦力”が、いるじゃないか! と。ご丁寧にその比較対象の恐竜の頭の化石が置いてあり、観客にも気づきを促している。さあクライマックスだ!

演出の意図を捉えた字幕

シンプルで短い英語セリフで作られた重要なかけことばをどう訳すかは、まさにプロの腕の見せ所なんだと思う。ここで少年に「戦力が足りない」と言わせてしまっては、前の「24… 50…」と数えていたセリフとつながらないし、一般的な「戦力」では、彼女(と観客)に具体的な「あの恐竜」の気づきを促すセリフにもならない。

それに、「戦力」は少年のことばとして適切なのだろうか? 「戦力が足りない」は、2秒以下の彼のセリフの尺に入るのだろうか? 字幕はセリフ1秒当たり4文字というルールがある(これ以上字数を増やすと字が読み切れない人から苦情が来るという経験則から設定された文字数だとか)。

映画翻訳とは、シナリオのセリフを訳すのではなく、映画全体を訳すものだと認識している。キャラクターの演技、美術や映像効果、音、それらを演出した製作者の意図を汲んで、訳をつけていくものだろう。

この映画も、アクションシーンのごく短いセリフを補足するかたちで、様々な演出や伏線がシナリオの整合性を補っている。少年の観察力や、ヒロインのカンの良さを示す描写(同僚がモノを落とすのを見越してゴミ箱を差し向けるシーン)、彼らの目線や声色、背景美術など、これらが一体になって、物語の行き先を指示している。

今回の戸田氏の翻訳は、それらの意図を汲み上げ、かつ字幕の制限にも配慮した、とても適切なものだと思う。

その上で、このセリフが分かりづらいのは、ぶっちゃけて言えば演出が分かりづらいからか、あるいは私もそうだったが、演出の意図を一発で見抜く目がなかったからだろう。

名前の呪縛

Webではいまだに、戸田氏の「誤訳」ネタが出回り、定着している。たしかに『フォレスト・ガンプ』や『スター・ウォーズ』『ロード・オブ・ザ・リング』では、伝説通りの部分もあるし、出来のいいネットのネタを見るのは正直楽しかったりもする。

だが、ファンを怒らせた“誤訳”とは、本当に彼女だけの責任なのだろうか。彼女をブランドとして扱い、彼女にあわない作品までバンバン発注したり、専門用語の監修や翻訳ぜんたいのチェックバックを怠ったのは、業界全体の問題じゃないんだろうか。誤訳をしない翻訳者なんていないんだから。

さらに、いまの戸田氏の翻訳は、かつてのものと様変わりしている。彼女の彼女らしい翻訳…ことばづかいだけでなく、独特の字幕の切り方のリズムなど…が見られたのは、自分が観た範囲では、『アバター』ぐらいまでだと記憶している。

こと近年は翻訳前の支援が入ったのか、字幕演出やチェックバックがしっかりしているのか、独特の「で」や「を」で終わるクラシックな字幕セリフもぐっと少なく、リズムも独特さが薄れた。『キャプテン・フィリップス』なんかでは、名前がでなければ誰か気づかないぐらいだった。

ところが、いまだに「戸田奈津子」という名前だけで判断して、何か気づけばすぐ誤訳だと決めつける人々は後を絶たない。『007 スカイフォール』では、「戸田は女性上司への敬称であるma’amをママと誤訳していた!」なんてツイートを目にして驚いた。もしma’amならそもそも構文がデタラメになるし、この映画の敵役は明らかにマザコンで、そこが映画の重要なテーマなのに!

「彼女が理不尽に批判されるのは、彼女がそれだけのことをしたからだ」などと強弁されればそれまでだけれど、字幕を見るあまり映画を観ていない、あるいは観かたが狂ってしまうなんて、すごくもったいないと思う。

余談

誤訳と指摘しようと思えばできる部分は、どんな映画にもある。全体の流れをわかりやすくするために意訳したり、意味を入れ替えたり、字数制限に対応するために順番を変えたり。『ジュラシック・ワールド』でもいくつかあった。たとえば “Watch your 6″は「背後に気を付けろ」という意味だけど、字幕では「よく狙え」だった。これも文字だけ見れば反対の意味だけど、シーンの流れや字数を考えれば、なるほどと思えるわけ。

自分でもたまに仕事や趣味で翻訳をする。こないだも大真面目に “Stained Glass” を「シミのついたガラス」と訳してしまった。正解はステンドグラス。これが誤訳というものだ。

執筆: この記事はGasolineさんのブログ『farsite / 圏外日誌』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2015年09月07日時点のものです。

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