読み書き能力獲得の効用と代償
今回は神無久さんのブログ『サイエンスあれこれ』からご寄稿いただきました。
読み書き能力獲得の効用と代償
現生人類がいつから言語を操るようになったのかには諸説がありますが、47〜66万年前にネアンデルタール人との共通祖先から別れた後、大体10〜30万年前というのが一般的な見方のようです。*1
*1:「1.言語の起源を再検討する」 『−発達研究のご紹介−』
http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/koudou-shinkei/ninchi/research/dev/dev-1.html
ちなみに、約3万年前まで、現生人類と共存していたネアンデルタール人は、言語をもたなかったと考えられています。一方、人類が文字を発明し、読み書きを始めたのは、およそ5000年前とごく最近のことです。これは、読み書きのための独自の脳回路を進化させるにはあまりに短期間であることから、それまで他の目的で使われていた脳回路に相乗りする形が取られたのではないかと考えられていました。それは、一体どのような働きをする脳回路だったのでしょうか?
『Science』11月11日号オンライン速報版に掲載された論文 *2 は、その疑問にヒントを与えてくれるかもしれません。
*2:「How Learning to Read Changes the Cortical Networks for Vision and Language」 『Science』
http://www.sciencemag.org/content/early/2010/11/10/science.1194140
フランスの研究グループは、子供のころに普通に読み書きを習った31人の被験者に加え、大人になってから読み書きを習った22人と、読み書きのまったくできない10人の合計63人の脳をスキャンし、読み書きができる人だけが、書かれた文章を読んでいるときに活動する脳の領域を特定しました。
すると、その領域は、話し言葉に反応する領域と、顔を認識するときに活動する領域に重なっていたのです。つまり、読み書き能力は、それが必要となる以前から必要だった、話し言葉を理解するための脳回路と顔の認識をするための脳回路に相乗りしていたわけです。それでは、この相乗り状態は本来の機能にどのような影響を与えたのでしょうか?
研究結果によれば、読み書きができることは、共有する領域の話し言葉に対する反応性を高めました。これは、相乗りすることで、その領域の本来の機能である話し言葉の理解力も向上させている可能性を示唆しています。
しかし、同時に読み書きができることは、共有する領域の顔認識に対する反応性は弱めていたようです。これは、相乗りしたことで、その領域の本来の機能である顔認識能力を阻害しているかもしれない可能性を示唆しています。
もしこれらの結果が本当なら、読み書きが得意な人は、会話によるコミュニケーションは得意だが、人の顔を覚えるのは苦手ということになります。ただ、これには同業者の間でも賛否両論あるようです。
最後に、今回の結果からはもうひとつ重要なことがわかりました。今回行われたすべてのテストで、ほとんどの場合、読み書きを学んだ年齢による差はみられなかったのです。年をとってからでも十分既存の脳回路に相乗りできるようになるのですから、これまで言われていたほど、年をとって頭が固くなるということはないようです。人間には死ぬまで勉強できる能力が生まれつき備わっているんですね。
執筆: この記事は神無久さんのブログ『サイエンスあれこれ』からご寄稿いただきました。
文責: ガジェット通信
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