【誰が得なの?】美容師と理容師が一緒に働くと事故が起きる? 不思議な規制の謎に迫る

原英史さん

散髪にまつわる規制の話、3回目です。前回は10分1000円カットつぶしの条例が各都道府県に広がっている問題についての話でした。今回は、美容師さんと理容師さんが同じお店で働けない理由について。なんとここにも規制が。


●これまでの記事(こちらから先にお読みください)
10分1000円ヘアカット店に未使用の洗髪台があるのは規制のせいだった!(1/2)
10分1000円ヘアカット店に未使用の洗髪台があるのは規制のせいだった!(2/2)

登場人物
原=原英史さん(政策工房)
ふかみん=深水英一郎(ガジェット通信)
サピオの人=雑誌SAPIOの担当編集者さん

●美容師と理容師が一緒に働けないのは規制のせいだった!

ふかみん:1000円へアカットのお店って、理容店バージョンと美容院バージョンがあるんですね。

原:理容店では美容師さんは働いちゃいけない、美容院では理容師さんは働いちゃいけないってことになっていて、1000円カットの店も一応法律上はどっちかになっているんですよ。

ふかみん:見た目では区別できないんですか。

原:見た目では分からないです。サービス内容も同じですよね、別に髪を切るだけなら。一応法律上どっちかってことにして届け出なきゃいけないんですが、それぞれで理容師と美容師が混じって働いちゃいけませんと。

ふかみん:それは面倒くさいな。管轄が違うんですか?

原:管轄は一緒ですよ。どちらも厚生労働省。

ふかみん:なんで分かれているんでしょうか。

原:もともと理容師法と美容師法というのを分けて、縄張り争いみたいなことをやっていたわけですね。

ふかみん:え、なんなんですかそれは?

原:要するに理容師さんたちと美容師さんたちの縄張り争いで、昔の話でいえば、男の人は床屋さんにいって、女の人はパーマかけたりカールしたりで美容院に行きましょうって、そういう分け方だったんですよね。

ふかみん:そうですね、女性は美容院みたいなイメージは少しあります。

原:それを引きずって縄張り争いをしていたのが、今にまでいたっていて、相互乗り入れはできません、と。組合がふたつあって、やっているわけですよ。ところが、1000円カットみたいなところになったら、理容も美容もないわけですよ。どっちがやったって同じような仕事になっているんだから、本当は一緒に仕事したほうがより効率的なんだけれども、そうなってはいません。

●理容師と美容師が一緒に働けない理由は「事故につながりかねないから」

ふかみん:混ざって働いてはいけないっていうのがよく分からないんですけれど、それは法律で決まっているんですか?

原:法律でそう書いてあるんです。理容師法では“理容師は理容所以外の場所で仕事をしちゃいけない”と書いてあって、理容所以外では美容所でもだめなんですね。美容師さんは逆。“美容所以外では働いちゃいけません”と書いてある。

ふかみん:その理由は?

原:その理由は、厚生労働省の説明によると、“事故につながりかねません”と。なんでかっていうと、たとえば美容師さんはひげそりとかはやっていないんです。練習もしていない、なれていません。そういう人が理容所――床屋さんで働いていたら、お客さんからひげそりをやってくれと頼まれて、なれないひげそりをやってお客さんに傷をつけて、事故になったりすると大変なことですっていうね。

ふかみん:できないことはやらなければいいだけの話のような。やりたければ練習すればいいですし。なぜそこまで法律で決める必要があるんでしょうか。

原:1000円カットのお店だったらひげそりやらないです。サービスに入っていないからいわれたって、“うちヒゲそりやりませんから”って断ればいい。もっと言えば、まさに今深水さんが言われたみたいに、一緒に仕事をしていればお互いの技を盗み合って、よりレベルの高い人たちになっていく可能性が高いですよね。そういう道も排除されている。なんでかっていうと、もともと理容と美容には法律上の区別があって、理容というのは髪の毛を切ること、顔をそることによって容姿をととのえる。美容というのは、パーマをかけたり、髪を結ったり、化粧したりと、容姿を美しくするというのが基本になってるんですね。これ皆さん全然認識していないと思うんですけれど、ヘアカットっていうのは美容師さんの本来業務じゃないんですよ。

ふかみん:やるのは良い?

原:やっても良いことになっていますけれども、本来業務じゃない。かつては、美容師の専門学校でも法律にそった課程になっていて、パーマとかカラーとか、そういうのが中心で、ヘアカットってあまり時間をかけていなかったらしいです。
(注)この部分は、当初、現在の美容専門学校でカットをほとんど扱っていないとの誤解を招く表現となっていましたので、訂正しています。

ふかみん:カリスマ美容師って、ハサミをチャキチャキ動かしてるイメージだったんだけどなぁ。

原:カリスマ美容師はオンザジョブで訓練していたんです。

ふかみん:学校では教えてくれなかったんですね。知りませんでした。

原:専門学校でカットをしっかり練習してきた理容師さんが美容院で仕事をしたら、もっとすぐにうまくなるかもしれないし、そういうのを見ながらまわりにいる美容師さんだってもっとうまくなるかもしれない。もっといえば、こんな資格を分けていること自体が今や意味がないですよね。なんで二つに分けるんですかと。

ふかみん:それらの二大勢力が今ケンカする意味ってあるんでしょうか? 当事者に何のメリットがあるんでしょう。

原:自分たちの店の維持っていうことを考えた時に、たとえば床屋さんだったらまわりにある美容院が“うちで今度男性用のカットも本格的にやることにしましたから、カットのうまい理容師もたくさん集めてどんどん仕事しますよ”なんてことになったら、自分のところの営業が困っちゃいますよね。だから少なくとも事業をやっていけるようにっていう発想だと、現状維持が良いわけです。それはすなわち、現状維持のままちょっとずつ沈んでいくってことだと思いますけれど。

サピオの人:美容師さんがカットをオンザジョブでやってあれだけうまくなるんだったら、ひげそりだってオンザジョブでやっていいと、普通に考えれば思うんですけれどね。

●利用者を置いてけぼりにする規制たち

ふかみん:どの規制の問題もそうですけど、利用者のために全然なっていないですよね。

原:うん。外国だったら、多くの国では、こんなのそもそも資格じゃないんですよね。美容院で雇ってもらう時にナントカ学校で練習してきましたってことを確認して雇ってもらう。そもそも、法律上の資格になっていて、その資格を持っていない人はその仕事をやっちゃいけませんてするような話じゃないでしょう。

ふかみん:ちょっと慎重すぎる感じがしますね。

原:結局昭和三十年代の過当競争の時代にこういう枠組みを全部作っているわけです。(当時は)過当競争で大変だったと思いますよ。深夜営業やる床屋さんとか出てきて、大変だからカルテルを作って、自分たちの縄張りのお客さんはうちでやるからっていうので何とか生きてきたっていうのが、今までの床屋さんとか美容師さんの世界。それを守りたいってことですよね。

ふかみん:一緒になって守ればいいじゃないですか。

原:そういう発想がないということなんですよね。そもそも、こういう資格はやめたらいいと思うんですよね。資格をやめて、基本的にはみんな腕の良い人を雇うわけでしょ。床屋さんにしたって美容院にしたって。ある程度ちゃんと練習をしてきたことを確認したうえで雇うわけじゃないですか。それでも中には下手な人もいると思うんですけれど、あそこ下手だよって評判になったらそれは行かなくなるだけですよ。私も昔ここの床屋は二度と行かないと思ったところとかありますしね。そういう世界ですよね。

サピオの人:寿司職人になるのに調理師の資格は最低限あるけれども、寿司職人資格はないっていう。そういう形でもっと小さくできそうだなって感じがしますよね。

原:条例には、ほかにもまだいろいろあって、大阪には“床屋さんでは耳かきをやってはいけない”っていう、耳かき禁止条例があるんです。

ふかみん:それも古いんですか。

原:これも60年ぐらい前から。理容師についての規制をする条例の中に書いてあるんですけれど、昔たまたま床屋さんで耳掃除をやってケガをさせちゃったことがあったらしくて、いまだに禁止された状態が続いている。

ふかみん:耳かき専門店がある時代なのに。

原:耳かき専門店がなぜ出てきたかっていうと、あれは本当は医療行為じゃないかっていう疑いがあって、ずっとみんな手を出せなかったんですね。それが数年前に耳掃除は医療行為じゃないっていう通達を厚生労働省が出して、その通達のおかげで今ああいう耳掃除専門店っていうのが出来るようになったわけです。そういうのができていく中で、全国で大阪と京都の二府だけ床屋さんは耳掃除禁止。

ふかみん:そういう古いきまりはどんどん整理されていくべきだと思うんですけれど、誰かが大騒ぎしないと変わっていかないものですか。

原:その耳掃除の話などは、大阪の床屋さんたちみんな“そういうもんだ”って数十年思い込んできたわけです。だからだれもそれで困るって言わなかったんでしょうね。

ふかみん:まあ、サービスのひとつとしてあってもいいはずなのにってことですよね。

原:知らない間に大阪の床屋さんは損してきたってことですよね。

ふかみん:なるほど、ありがとうございます。ほんと、規制の裏側にはいろんな歴史的事情があるということがわかりますね。でも、そういうのって本当に必要かどうか、ときどき振り返って見直すことが必要なんじゃないかな、と思います。

(「散髪に関する規制」の話はここでおしまい。次は「タクシーに関する規制」に迫ります)

原さんに質問のある方はこちらから受け付けています。

原さんの連載「おバカ規制の責任者出てこい!」は国際情報誌『SAPIO』に掲載されています。こちらもチェックしてみてくださいね。

(編集サポート:ニコラシカ)

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深水英一郎(ふかみん)

深水英一郎(ふかみん)

トンチの効いた新製品が大好き。ITベンチャー「デジタルデザイン」創業参画後、メールマガジン発行システム「まぐまぐ」を個人で開発。利用者と共につくるネットメディアとかわいいキャラに興味がある。

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