採用担当者の就活戦線〜朝比奈あすか『あの子が欲しい』
「物事はいろいろな角度から見なければならぬ」「他人の立場に立って考えるようにせよ」とは亡き両親の教えだ。しかし私は一度でも考えたことがあっただろうか、企業の採用担当者の気持ちというものを。
学生の就職活動関連の話題は、ここ数年私にとって最大の関心事のひとつである。あと何年かしたら、息子たちがその戦場に次々と身を投じることになるからだ。本書に描かれた就活の風景がどこまでのリアリティを持ったものなのか私には判断できないが、現実にまったく即していないものだったら小説には書かれないだろう。自分も就職では苦戦した方だと思うものの(とはいえ世間的にはバブル期入社なので、就職氷河期の学生さんたちからみたら鼻で笑われる程度の骨折りかもしれないけれど)、最近の就活生はここまでやらなければならないのかと言葉を失う。そして息子たちにこんなサバイバルな芸当ができるのかと暗澹たる気持ちになる。
しかし、就活を経験したかつての学生として、あるいは就活生予備軍の子を持つ親として、まず目が行くのは学生たち。正直自分が学生だった昔も、母親目線で靴と神経をすり減らす学生の姿をニュースで見ている今も、採用する側もこんなに苦労しているものだとは思いもしなかった。物語の冒頭、学生たちが書き込んだ面接官についての容赦ない誹謗中傷に心が凍りつく。インターネットの匿名性はこんなにも人間を攻撃的にするものなのか。
主人公・川俣志帆子の勤務先は、新進のIT企業であるクレイズ・ドットコム。前年度の新卒採用で失敗したクレイズは、ネットでいわゆるブラック企業に認定されてしまった。起死回生の一手を打つために、来年度採用プロジェクトのリーダーに指名されたのが志帆子だ。会社の窮状を救えると見込まれただけあって、彼女は有能で優秀な学生を集めるために次々と有効な手を打っていく。凡人であれば心が折れそうな例の書き込みを見ても、「こちらも学生を平気で駒扱いしていて」「組織対個人である以上、組織側が優位に立っているのだから、何を書かれても鷹揚に構えていなければ」と考える冷静さと冷徹さを兼ね備えている。日本人も余暇を重視するようになり、会社での出世欲といったものは薄れてきていると報じられることも多い。が、やはり仕事人間は依然として存在し、彼らのような人材が社会を回しているのだと思う。
昔のモーレツ社員と異なるのは、心を癒やすのに夢を追う男や愛らしい猫を必要とするところか。同じ部屋に暮らすセキは、かつて志帆子の部下だった。彼はクレイズが主催するオンライン小説大賞で特別賞を取り、会社を辞めて志帆子のところに転がり込んだのだ。セキの才能やクリエイティビティを、自分にはないものとして志帆子は心酔している。もうひとり(というか一匹)彼女が心のよりどころとしているのが、猫カフェ的な店で運命的に出会ったアメリカンショートヘアのザビー(ザビエル)。実家で小学生の頃から15年間飼っていた猫にそっくりだという。ザビーへの独占欲によって店の他の常連客に対する嫉妬を募らせていくさまは、滑稽といえば滑稽だし、切実といえば切実である。
著者の作品を読むのは本書が初めてだが、揺れ動く女性の心理を丁寧に描く作家という印象があった。デビュー作がノンフィクションだったというのは、初耳でちょっと意外。
「あの子が欲しい」とは最初、採用担当者として「あの学生を採用したい」という意味なのかと思っていた。しかし、この小説の初出時のタイトルは「ザビエルが欲しい」だったとのこと。と考えると”あの子”とは、志帆子が欲した学生であり、ザビーであり、さらにはセキであったとも読めてくる。果たして彼女が手に入れたのは?
(松井ゆかり)
■関連記事
アリス・マンロー『善き女の愛』の深い余韻にひたる
再生の気配に満ちあふれた物語〜新井千裕『プール葬』
子育て渦中の家族の短編集〜窪美澄『水やりはいつも深夜だけど』
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。